日本の音


 先日読み終えた、片山杜秀『平成精神史』のなかで、印象に残った箇所がある。こんにちの日本会議の前身である2つの右派団体が、もともとかなり性格が異なるにも拘わらず結びつくことができた要因として、黛敏郎の人脈が果たした役割が大きいという説明がされる。それにつづいて、ストラヴィンスキーメシアンなどに影響を受けパリ仕込みの現代音楽家として出発した黛が、日本的なものを特色とする作曲家へ移行していったひとつのきっかけが、京都で触れた“音”であると明かされているところ。


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片山杜秀『平成精神史』より



 そんな『平成精神史』読了から数日後、たまたま(常に)部屋に溜まっている古い出版PR誌の山を少しでも消化するためノロノロとページを繰っていた際に、2012年頃?の『図書』に掲載されていた近藤譲のエッセイが眼にとまった。こちらは京都ではなく、風の強い日に奈良の法隆寺で鳴り響く風鐸の音に魅せられたのが伏線となり、やがてカウベルの音を“溺愛”するようになったという回想。

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岩波書店『図書』より 近藤譲のエッセイ


 同じ日本の現代音楽といっても、黛敏郎近藤譲はだいぶ感じの違う作曲家じゃないか(←聴かずに書いてる)と思うけれど、そして、近藤譲法隆寺で風鐸の音を聴いたからといって“日本回帰”はしてなさそうだけれど、この2人がちょっと似たところのあるエピソードを持っていることを偶然発見したのがなんだか不思議で、ここに並べてみたくなった。

手提げ袋、この冬の新作

ひさしぶりに、手提げ袋を製作した。
Twitterのほうにはときどき「10年放置したクロスステッチを発作的に手提げ袋に仕立てる」と題して写真をアップしていたものの、最近はめんどくさくて & 布地の色柄そのものが気に入って購入したため刺しゅうと組み合わせるよりもシンプルなほうが望ましくそのまま仕立てたものが続いた。だから、刺しゅう入りの手提げはほんとに久しぶりかも。

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ステッチ図案は、The Drawn Thread のフリーチャート、"First Snow"を使用 (← 現在も公開されてます)。いかにも冬らしい図案なので、なんとかクリスマスに持つのに間に合わせようとがんばった。
表地は、日本ヴォーグ社のカタログ通販で購入した moda fabrics の "seeing stars" という布。定番柄のようで、カラーバリエーションがたくさん出ている。この布を見つけたので、やっとこの刺しゅう布を使う時機が来た、と決意した次第……

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裏地は日本製。ルシアンの mémoire à Paris というコレクションの布らしい(← いまのラインアップにはこの柄は含まれていないようだが ←1/20追記:見落としていたようです。まだ載ってました。 https://e-shop.lecien.co.jp/catalog/category/20722/F40742/ 他の柄もとてもきれい)。手芸店で見つけて、あまりの可愛さに使うあてもないまま購入してあったもの。今回、表地が地味なので裏は少し明るくしたかったのと、動物つながりで小鳥さん以外の小動物が入るのもちょうどいいのでは?と思ってこれを使ってみた。裏側だけ春っぽく。

表裏とも、やや薄手の布なので、持ち手部分や内ポケットが早く傷むかもというのだけが心配。特にポケットは二重にするなど工夫の余地があったなというのが反省点である。

亥年の今年も護王神社へ初詣

ことしも母といっしょに護王神社へ初詣に行った(4年連続)。

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さすがに亥年である今年はいつにも増して人出が多かったようで、神社にたどり着いてみると、敷地の外周に張られたロープに沿って入場待ちの行列を作ることになっており、境内に入るとこんどは本殿に参る順番待ちの列が出来ている。ガードマンも多数配置されていた。
私たちはここへ詣でる日を年々早めており、正月四日というのは初めてだったので、これまでほんとうのお正月の混雑に出会っていなかったのか…とも思ったのだが、驚いていたのは私たちだけではなく、並びなさいと言われて「えーッ?!」と声を上げる人が続出していたので、やはり今年はちょっと特別なことだったみたい。

ともあれ、無事に絵馬を奉納。裏面は、大切な人の健康と活躍を祈願する、毎年おなじ文面である。

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自分用には、やはり毎年お守りを購入している。いろいろな種類があるが、買いたいものはそろそろ出尽くして来たので、今回はちょっと違うタイプのものにしてみた。

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カードホルダに対応した現代的なサイズ(笑)

べつに職場に危機が満ちているというわけでもないが、難を除いてくれるというのだから悪くはないだろう。裏面の使用法説明(?)が笑える。


お参りのあとは、少し歩いて「とらや」へお茶とお菓子をいただきに行った。

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表面のカルメラのさくさく感が珍しい「暁光」とお抹茶

静かな店内の窓ぎわで、あかるいお庭を眺めながらゆったりと味わうお茶とお菓子、なんという贅沢。あー、ことしも穏やかな一年でありますように。


〜〜おまけ
昨年 2018 の初詣ツイート:

一昨年 2017 の初詣ツイート:

記憶のなかの〔朧な〕極彩色

 ネット書店に注文した本。

前川佐美雄 (コレクション日本歌人選)

前川佐美雄 (コレクション日本歌人選)

 前川の作品がどうしても読みたいわけではなく、楠見朋彦が筆者だというのでそれじゃあ…と購入してみた。

 前川佐美雄といえば、たしか高校の国語の授業で……とここまで書きかけて、今、ホントに今、いやそうじゃないのでは?!…と忽然と思い出した気がするんだけど、あれはもっと後になってから塚本邦雄のエッセイかなにかで紹介されているのを読んだのではなかったか?!  もう、どれが事実か思い出せない、けど歌だけははっきり憶えている
《思ひ出は孔雀の羽とうちひらき飽くなき貪婪の島へかへらむ》
 この歌の作者として知っている、ただそれだけで、どういう歌人なのかろくに知りもしない。

 この、“記憶のなかの《思ひ出》の歌” を文字の形で手もとに所有したい、と思って今回の本を買ってみたのだが、ざっとめくってみた限りでは、なんと、この歌は収録されていないようだ。
 確かに前川佐美雄の歌だったよな?…と不安になりGoogle検索してみたが、出てきたのはブログ記事1件のみ。

kaorusz.exblog.jp


 代表作というわけではなかったのか。選ばれて教科書に載っていたかのように自分の記憶を捏造していたから、勝手に重要作と思い込んだが、そうじゃなかったのならべつに不思議でもない。
 たぶん私の記憶のなかにはプラスチック製の模造孔雀羽根みたいなものがぎっしりつまっていて、華麗なようでどうにも俗悪な暈のかかった色彩を放っているにちがいない。そんな記憶を頼みに、さてどこの島へ向かって船を出そうというのやら…

再読は遠い夢みたいで

早瀬耕『グリフォンズ・ガーデン』読了。

グリフォンズ・ガーデン (ハヤカワ文庫JA)

グリフォンズ・ガーデン (ハヤカワ文庫JA)

四半世紀ほど前に出た親本のほうを、ずいぶん昔、図書館で借りて読んだこと、森に囲まれた秘密めいた研究所が舞台になっているところに憧れを感じたこと、登場する女性たちがいかにも理系男子の思い描く理想というか都合のいいタイプ(?)に思えて苦笑するしかなかったこと、etc...ぐらいしか憶えてなかった*1
にも関わらず(orだからこそ)ずっと気になっていたのだけど、この小説について誰かが語っているのを見聞きすることもほとんどなく、作者のその後も音沙汰ないままで時は流れ、ますます気にかかって…
数年前にまさかの新作*2が発表され、それに続いてよもやと思われた本作の文庫化。ついに再読する時がやって来た。

最初あんなに期待させる「研究所」のディテールは、後半わりとどうでも良くなっていってしまい、なんとなく尻すぼみな感じ。もっとあの施設が主役になって何かが起きる話になっていけば面白そうなのだけど。
記憶のあてにならなさがテーマのうちのひとつと言えなくもない作品だけに、自分の読書記憶が捏造(美化)されていたことに驚きや失望もそれほどなく、やっぱりね…という納得感。80〜90年代のあれこれを懐かしむことができないと損かもしれない。

それでも続編を読むか、考え中。

プラネタリウムの外側 (ハヤカワ文庫JA)

プラネタリウムの外側 (ハヤカワ文庫JA)

*1:ミルフィーユを上手に食べる方法が説かれている箇所はだいたい記憶の通りだった

*2:読んでない。本作を再読して確かめてからと思って。

日本国憲法とマルクス・ガブリエル

日本国憲法十三条

「憲法」連続市民学習会 
第3回 7月28日(土曜)  憲法13条と新しい人権  講師:犬飼貴文弁護士

十三条
すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする

 憲法の条文はシンプルで、見ようによっては曖昧でスカスカしている。この第13条で言われる個人の「幸福追求」とは何を指すのか。当初は、第14条以降に列挙される人権(例えば信教の自由、職業選択の自由など)の総称にすぎないと考えられていた。しかし、憲法施行から長い時間が経過した。昭和30年代以降、高度経済成長下での社会の変化に連れ、かつては存在しなかったようなさまざまな問題が国民生活のなかで起こるようになる。公害や環境、マスコミ報道とプライバシー、デジタル情報化。個人と組織、社会との関わりかたも変わった。
 本講では幾つかの実例が紹介され、最高裁判決を含めた司法判断のなかで、さまざまな争点に対してこの第13条を根拠として是非の判断が示されてきたことを学んだ。もちろん多くの憲法学者や法律実務家の研究・実践もそこに加わっただろう。憲法の条文はいったん書かれて制定されればそのまま冷凍保存されていたわけではなく、時代の移り変わりとともに、事実に即して再解釈され肉付けされて厚みを増していったものである。
 今後も、ITや生命科学の発達、社会インフラの発展に伴って、これまで想定されていなかった角度から「人権(の侵害)」がクローズアップされる可能性がある。しかし、13条には、それらの「新しい人権」を取り扱っていくだけの"幅"を有している。「新しい人権」に対応する必要があるからといって、短絡的に「改憲が必要」とはならない。まず第13条でそれはカヴァーできないのか? を検討する必要がある、というのが本日の結論であった。
 これから憲法を巡るいろいろな動きが起こ(され)ることが予想されるけれども、まず現在の憲法が果たしてきた役割、残してきた成果、そこに積み重ねられた多くの思索を再確認し、そこを出発点にするという着実な考え方が主流になってほしいと強く感じた。


マルクス・ガブリエル 日本を行く

 ところで、きょうの講座の前に、弁護士会長さんが司法試験の予備校に通っておられた頃の思い出話をちょこっとされた。そこの講師の弁護士さんが憲法を説明するのに三角形を描いて、頂点に「個人の尊厳」と書かれた、という、確かそんな話だったと思う。
 学習会から帰宅して、遅い昼ご飯を食べながら、先日録画しておいたBS1スペシャル「欲望の時代の哲学 ~マルクス・ガブリエル 日本を行く~」*1
www4.nhk.or.jp
を観ていたら、
ちょうど同じようなことをガブリエルさんがしゃべっているところが映っていた。

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こういう偶然の一致みたいなのが大好きなので、これだけが書きたくて、きょうの日記となった。


 ついでにこの番組、新幹線で新大阪駅に着いたガブリエル氏が、つぎの画面ではなぜか阪急三国?駅前からタクシーに乗ろうとしている謎の場面があったのも、妙に心に残るのであった。

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*1:未だ半分しか観ていない。7月30日(月) 午後9時00分  再放送があるみたいです。

全部が華麗に嘘くさい

雪の階 (単行本)

雪の階 (単行本)

NHK Eテレの『100分de名著』という番組がある。今年の3月には原武史松本清張の主要作を紹介するという内容だったので、清張作品にはほとんど興味の無かった私もテキストも買って視聴してみた。取り上げられていたのは『点と線』『砂の器』『昭和史発掘』『神々の乱心』の4作品だった。その後、この『雪の階』を読み始めてみたら、『春の雪』路線かしらと思わせつつ、先述の4作品がぜんぶブッ刺してあるみたいな、とんでもない小説だった。
私はこの順で読んだので、まるで原武史のテキストに沿って小説が書いてあるような錯覚をしたが、考えてみたら雑誌に連載されていたのは昨年秋までなのだから、むしろこの小説にインスパイアされて原武史の『100分de名著』が構想された可能性のほうがある。

原武史がやっぱりこの小説の書評を書いているらしいんだけど、残念ながら(笑)有料記事。図書館で探してみようか。
www.asahi.com