ダーウィンの悪夢

 一見、SFホラー(笑)のような題名しかしドキュメンタリー。

 タンザニアビクトリア湖は、かつて「ダーウィンの箱庭」と呼ばれるほどの生物多様性の宝庫だった。しかしほんの数十年前に人為的に持ち込まれたナイルパーチという肉食魚が、その生態系を大きく変えてしまう。水質浄化に役立っていた在来種の魚は姿を消し、湖水の環境が急激に悪化した。のみならず、ナイルパーチの出現はビクトリア湖周辺の人間社会にも激変をもたらした。

 ナイルパーチを冷凍白身魚として先進国へ輸出するための加工場が建ち、輸送機が湖面すれすれに離発着を繰り返す。往路はヨーロッパから密輸された武器を積んでくるのだという。それらはアフリカの他の紛争地域へ運び込まれる。出稼ぎの漁師や輸送機の外国人パイロットを相手に売春する女性が集まり、結果としてHIV感染が急速に広まっている。エイズで親を失った孤児が路上をさまよう。地元民は極端に貧しく、加工されたナイルパーチが彼らの口に入ることはない。工場で切り落とされたアラがトラックで運ばれ地面に積み上げられる、そのいわば生ゴミの山をゾッとするほど不潔な干物にして食べているのだ。貧しい者が食べていくチャンスが戦争。兵士の報酬は比較的高い。一晩1ドルで夜警の職につく男の口からは戦いを望む言葉が洩れる。
 食う者/食われる者の図式が、凝縮されたように湖の周りに描き出されている。ビクトリア湖が、別の意味で世界の箱庭状態を呈している。湖と、国と、人々の身体に、蛇口それも浄水フィルター付きみたいなやつを勝手に取り付けて、ヨーロッパや日本にとって都合のいいものだけを巧みにしぼり取る仕組みが出来上がっている。
 ショックだったのは、ストリートチルドレンのあいだで、魚を運ぶ梱包材の樹脂を焚き火で溶かし、その液体を吸引することが流行っているという場面(=食べる物がなくて、クスリだけはある)。そして、ナイルパーチには共食いの習性があり、「幼魚をむさぼり食い、自らの未来を閉ざしている」という説明だった。生態系の破壊者ナイルパーチは、人間そっくりだ。子供を食い物にしている私たちそっくり。それは、箱庭に=この世にもたらされるべきでなかった怪物。


 参考:ビクトリア湖の悲劇、ナイルパーチ生物多様性を脅かす移入動物問題を考えるサイト)