戦争と家と女流作家(続き)


 前回(12月11日)の続きです。印象に残った作品をもう少しメモ。


 この作品集のなかで私が最も気に入った一篇は「宴会」。宴席に早めに到着してしまった主人公が、ひとけの無い座敷で客を待っていると、亡父の馴染みだった老女将が入ってきて昔語りを・・・という話。雰囲気や読後感がなんとなく以前に読んだ森銑三『物いふ小箱』の中の「仕舞扇」という話に似ている。
 「冬雁」は、激しい好悪の感情を秘めながらどこかうわの空のような娘が、流転の末に巡礼の旅へ出たままふっつり消息を絶つ話。子供のころ家に飾ってあった衝立の、版画に描かれたお遍路姿の親子に見入った記憶が忘れられないという彼女の性分がどうも他人事と思えなかったし、「押絵と旅する男」も連想してちょっと悲しく沁みる話だった。


 「夏鶯」では、作者自身を思わせる語り手が、疎開先の海辺の町で空襲から逃れて見知らぬ屋敷の防空壕に飛び込む。そこにはお茶室が構えてあって古式ゆかしい鶯の籠が置かれており、上品な老婦人がお茶を点てながら語るのは、何とも大時代なお姫様との優雅で悲劇的な日々*1。戦時の閉ざされた空間でゆるゆると絵巻物がひもとかれるような老刀自の語りには、まさに壺中天という言葉を連想する。しかし物語は《その翌日、私たちは恐ろしい新型爆弾が広島の地に落ちて被害が甚大なことを知った。》とあっさり現実に引き戻される。


 この本に収録された短編小説は1947〜63年に書かれており、中でも50年代前半までの作品が半分以上を占めている。「生死」はフィリピンへ送られた兵士の悲惨な体験が中心となっているし、「鶴」には大空襲の中を逃げまどう生々しい描写があって驚かされる。直接戦争の場面が含まれていない作品であっても、戦争の残した傷が繰り返し反響するように書き込まれているのが感じられる。“怪談”という括りで編集されたこのアンソロジーであるが、まだ鮮明だった戦争の記憶や、ある種の虚脱感や投げやりな気分など、戦後のその時期に書かれたものならではと思われる雰囲気が濃く漂っていることが印象に残った。

このごろのアプレゲールとかいう若いやつ等は夜道で女に暴行したり絞め殺したり強盗に入ったり、ちかごろの青少年の犯罪てのはたいへんなもんだってじゃありませんか、まったく戦(いくさ)ってものは(男性悪)ってやつをすっかり増長させたんですね、恐ろしいこった。

 「生霊」で、別荘の管理人である瀬川老人が独り語りに口にするこの言葉は(やや唐突な感じではあるけれども)、戦争をくぐり抜けた当時の、フェミニスト吉屋信子の率直な心境を映しているのだろう。

*1:防空壕=地中のお茶室という設定は前回言及した「黄梅院様」とも共通しており、おそらく作者が実際に見聞した中にそのような例があって、よほど印象に残ったものなのだろうと推測できる。