いい加減なことを書いたので訂正。

 すみません、上の記事にウロ憶えで書いたことを、調べてきたので改めてちゃんと引用し直します。
 私が読んだのは『可視化された帝国』(みすず書房)の「あとがき」でした。

(...)私は昭和初期の親閲式などで、天皇を前にして君が代を恍惚とした表情で歌う人々の光景を伝える新聞を数多く目にして、それが「言論の自由」を封じられた故の、単なる脚色とはとても思えなかった。やはり人々は、本当に感激し、涙を流しながら歌っていたのではないか−−。
 規模は比較にならないが、私は小学六年生だった七四年に、通っていた東久留米市立第七小学校(七小)で、似たような体験をしている。当時の七小は、大学紛争直後に教職に就いた二十代の男性教師が児童の間でカリスマ的人気を保っていた。その教師は、大学で果たせなかった夢を小学校で実現させようとしたのだろう、教科書をなくし、グループ学習と称して(小学生による)集会を奨励していった。圧巻は林間学校を控えた大集会で、五組あった六年全体が何度も体育館に集まり、各グループが旗を立て、最後にその教師を前にして、全員で「わんぱくマーチ」を合唱するのである。私にとっては何とも耐え難い時間であった。しかしそのハーモニーが、次第に統一的な秩序を作り出し、信頼していた級友の顔すらも生き生きとしたものに変わってゆくのをどうしようもなかった。このとき味わった底知れぬ疎外感は、その後の私の人生を少なからず規定することになったように思う。

 ちょっと長いけれど正確を期してそのまま写しました。私が曖昧な記憶だのみで書いていることがどれくらいエェ加減かの良い例でござります( ̄∀ ̄;)。それはともかく、このショッキングな体験の詳しい背景が書かれているはずの「滝山コミューン一九七四」を楽しみに待ちたいと思います。