緑の袖、『時の旅人』

アリソン・アトリー(松野正子 訳)『時の旅人』(岩波少年文庫) 読了。

時の旅人 (岩波少年文庫)

時の旅人 (岩波少年文庫)

 著者自身の幼年時代の思い出が色濃く投影された、タイムスリップ・ファンタジー。虚弱な少女ペネロピーは、転地療養のため大伯母さん夫妻が暮らす農場で過ごすことになる。そこは、悲劇のスコットランド女王メアリー・ステュアートに加勢して英国女王エリザベス一世に謀反を企んだと言われるアンソニー・バビントンの荘園であった地所。屋敷の内外を歩き回るうちにペネロピーは、ふと数百年を遡った「そのとき」に居合わせることになる。
 バーナバスおじさんとシスリーおばさんが切り回す現在の農場での暮らしと、16世紀の荘園で多くの使用人たちを抱えて賑やかに営まれていた荘園の対比。それでも変わることのない干し草の匂いやハーブの香り、とりどりに咲く花の名前が緻密に描き込まれて、シーツの感触まで実感できそうなぐらい。主人公が(とつぜん過去の別世界に吸い込まれるにもかかわらず)、全ての状況に対してあまりに物わかりが良すぎるのがちょっと気になるけれど、田舎暮らしのなかで生きる手応えをつかむと共に、屋敷に沁み込んだ時間をとおして運命の過酷さや人間の勇気を知って成長する少女の姿はいとおしい。若きバビントンの奥方が不安な暮らしの中で手がけていた刺しゅうはどんな図柄だったのか、ちょっと気になります。