キモノショップinイングランド

 先日、小ネタとしてちょこっと書いた「19世紀後半〜20世紀初頭のイングランドで営まれる呉服屋とはどのようなものか」問題について、もひとつ面白い発見をしたので書き留めます。


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 上記リンク先は、amazonのH. G. Wells 著"The History of Mr. Polly "という本のページですが、そこに載っているカスタマーレビューの中にこんな一節が。

ウェルズが1910年に書いた日常生活を舞台にした喜劇で、主人公のポリー氏は呉服屋の丁稚をしたりサイクリングが好きだったりと、明らかにウェルズの文学上の分身の一人。

 ここでレビューされている本は洋書ペーパーバックなので、「呉服屋」という言葉がどこから出てきたのかはわからない(レビューを書いた人が独自にそう訳したのか、どこかで邦訳を参照したのか)けれど、やはりどうやら19世紀後半〜20世紀初頭のイングランド(の少なくとも一部)には、呉服屋という商売が存在したもようです。というか、少なくとも先日挙げたアーノルド・ベネットの『老妻物語』に限ったことではなくなってきた>呉服屋問題。それにしても『タイムマシン』『宇宙戦争』はたまた『ドクター・モローの島』の作者と「呉服屋の丁稚」の落差は大きい。


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 追記:冗談はこれくらいにして、少しまぢめに検索してみたところ、けっきょくここで「呉服屋」と訳されているのはdraperまたはdraperyという英語かしらと推測。

From 1881 to 1883, Wells had an unhappy apprenticeship as a draper at the Southsea Drapery Emporium: Hyde's.

H. G. Wells - Wikipedia

 apprenticeshipが「丁稚奉公」という感じなんでしょうね。

Draper is the now largely obsolete term for a merchant in cloth or dry goods, though often used specifically for one who owns or works in a draper's shop or store. A draper may additionally operate as a cloth merchant or a haberdasher.

Draper - Wikipedia

 というわけで、布や糸やボタン、もしかしたら衣服類も商っているのかなという商売のようです。さらに、Yahoo!の辞書検索で調べますと:

draper[名]
1 (英古風)(店をかまえた)服地屋, 反物業者;衣類小売商人;その店員. (後略)
[プログレッシブ英和中辞典 提供:JapanKnowledge]

http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=draper&stype=1&dtype=1

drapery
3 [U][C](集合的)(英)(仕入れた)織物, 衣類 (米)dry goods);[U]服地販売店[業], 呉服店.
[プログレッシブ英和中辞典 提供:JapanKnowledge]

http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=drapery&stype=1&dtype=1

 ついに「呉服店」という訳語を発見。念のため、自分の使っている『リーダーズ英和辞典』(研究社)でもdraperをひいてみたら、こっちは「呉服屋、反物商、服地屋」と、なんと真っ先に「呉服屋」が出ていた。どうやらこの辺りが震源地のようです。個人的には甚だしく違和感がありますが、おそらく英文学界(?)では伝統となっているんでしょうね、この訳語が。


 「呉服」という日本語自体も、厳密にどういう意味なんだと問われたらいろんな答えが出そうな、今となっては曖昧な言葉かもしれないですが、やはり中国の「呉」に由来し「呉から渡来した織物技術(で作られる日本の衣服)」を指す言葉である以上、そういう固有の背景を持つ「日本の衣服、和服」のことを示す場合以外はみだりに使ってもらいたくないと思います。紛らわしいから。だいいち、この『老妻物語』やウェルズの経歴を日本語に訳すに際してわざわざ「呉服」ということばを使っても、なんのメリットも無いように思うのだけど、いったい何が目的?