空白地帯

 いつも人の言葉遣いや日本語力を嗤ってばかりいる心卑しき[word]カテゴリーですが、今回は自分が知らなかった言葉について。

http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=%E3%81%AF%E3%81%90%E3%82%8B&stype=1&dtype=0

はぐ・る
[動ラ五(四)]はいでめくる。めくりかえす。「布団を―・る」「ページを―・る」
[大辞泉]

http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=%E3%81%AF%E3%81%90%E3%82%8B&dtype=0&stype=1&dname=0ss

はぐ・る
(動ラ五[四])
おおっている物を、一端を持ってはね上げ、下の物をあらわす。
・ 掛け布団を―・る
・ 彼はぞんざいに頁を―・りながら〔出典: 明暗(漱石)〕
[大辞林]

 例によってYahoo!辞書を引用してみた。*1
 この他、手もとの古い『広辞苑』には

はぎまくる。まくりかえす。めくる。

とあり、また『三省堂国語辞典』を見ても

剥いでまくる。「ページを―[=めくる]」

として載っている。これらの辞書での扱いから見て、「方言」ではなく「標準語」と考えられているのだろう。


 しかしこの「はぐる」という言葉、私はすっかりしっかり大人になるまで見聞きしたことがなかった。どこで初めてこの言葉を見たかを憶えているくらいだ。それは佐藤亜紀の小説『バルタザールの遍歴』の中だった。

時々、手で上掛けを剥(は)ぐろうとしたが、(新潮文庫版p.85)

 ぜんぶ見直したわけではないけれど、ルビが振ってあるのでたぶんこの箇所が最初ではないか。前後の文脈から、「はがす」あるいははむしろ「めくる」というニュアンスだろうという推測はつく。しかし耳(眼)慣れない言葉だなぁと思った。この次のページにかけて繰り返し出てくるので、よけい強く印象に残ったのだと思う。
 音声でその言葉を耳にしたのはそれから更に数年たってからだった。仕事場で、確か連続用紙にプリントアウトされた帳票を一枚ずつ「はぐって」云々、という言い回しが同僚の口から出るのを聞いて、「あっ、佐藤亜紀の小説に出てきた言い方だ!」と私は思った。そのくらい、私には珍しい言葉だったのだ。ちなみにその同僚は、福井県出身だった。そのため、私の頭のなかでは、「はぐる」は標準語というよりも「北陸方面の人が使う言葉」と整理されていて*2、このたび辞書にフツーに載っているのを確認してショックをうけたほどである。


 なぜ30歳を過ぎるまで「はぐる」を見聞きすることがなかったのか。おそらく私に身近な近畿・関西圏ではそれに当たることばとして「めくる」が多用されているからだろうけれど、印刷された文字としてですら見かけることがなかったというのが、今でもちょっと不思議なのである。辞書などの中で一応「標準語」扱いされているものでも、けっこう偏在しているのかもしれないという気がした。


 …という話を書こうと思ったのは、先日ひさびさに(たぶん5〜10年ぶりか)この「はぐる」を見かけたからなのだが、それがどこだったか思い出せない(老化)。とにかく、それくらい私にとっては出会うこと稀な日本語なんだけど、皆さんどうですか。ふだん見聞きしたり自分が言ったり書いたりしてる人はいらっしゃるでしょうか。ご意見お待ちしてますm(__)m。


 参考リンク:

*1:おなじ音でも違う意味の「逸(はぐ)る」という言葉も載っている。こちらは「〜しそびれる、〜しそこねる」に近い意味で、口語体でいうと「〜はぐれる」。これなら例えば「食いっぱぐれる」などの形でなら頻繁に見聞きしている(自分から使うことはあまり無さそうだが)。

*2:佐藤亜紀氏は新潟県出身