『小袖 江戸のオートクチュール』展

 出かける前の気持ちは杉本博司展のほうがメインで、正直こちらはついでにサッと観とくか…というつもりだった。「ちょっと昔」の着物をみるのは大好きだが、「すごく昔」となるとどうかなぁ…という感じで。
 しかし見くびりすぎでした。今回の展示品は、デザインの美しさ・技巧の素晴らしさはもちろんのこと、保存状態も抜群で、許されるなら今でもちょっと身にまとってみたいという気にさせられる立派に着物の形をとどめた物がこれでもかと並べられていたのだ。
 観覧客の筋もなかなかよろしくて、「招待券もらったから行っとこか」というような態度の人はあまり見受けられず、逆に「キモノには一家言あるでぇ」光線を迸らせる年季の入った女性がほとんど(男性率推定3%)。「和服姿だと入場料200円引き」だからというわけではないだろうけど10人ほどの着物のグループもいらっしゃって、「○○さんに似合いそう」「こっれは帯に困るなぁ(はぁと)」などいろんな声が上がる。入って最初の展示室で係員から

おそれいります、もう少し小さな声でお話しください。おひとりで来られている方もいらっしゃいますので*1

と注意が飛ぶという、これまで展覧会で経験したことのない事態が起きる盛り上がりぶりだった。
 

 私が感銘を受けたのは、上にも書いたとおり着物の保存状態がとても良いことに加えて、いくつかの着物に仕立て直しの形跡が残っていることだった。これは展示に添えられた注意書きに記されていて知ったことだが、「袖と身頃の柄がずれている」あるいは「(線香などの)焦げ痕がついている(=いったん打敷に仕立て直して使われていた時期がある)」などからそれが分かるという。
 本展に出されているのは松坂屋のコレクションなのだが、松坂屋が京都に「染織参考館」なる施設をつくって収集を始めたのが昭和6年(1931)とある。収集されてから「染織参考館」にて丁寧に保存されていただろうことはもちろんだが、それ以前も(土蔵の隅っこに忘れ去られていたとかそういう状態ではなく)おそらく大切にされると同時に「現に使える着物」として、寸法直しや補修などもしつつ然るべき機会には実際に着用されていた、そういう時期が意外に最近まであったのではないか。…そう思わせられる、生き生きした状態の着物たちは、これこそ文化だと語っているような気がした。やっぱり私は、すっかり黒ずんでしまった布の切れっ端みたいなのを「貴重な染織技法」とか言われても関心が持てないけど、「着るモノ」である着物を見るのが楽しいのだ。
 また今回はじめて知ったのが、江戸時代の身分の高い女性がしていた着装「腰巻姿」。ここのブログ記事にもわかりやすい画像が紹介されていますが、会場にも説明文だけでなくイラストが添えられていて、実際の着姿が想像できるようになっていた。わざわざ芯を入れて、両腰サイドに袖を突っ張らかして(笑)歩いていたとは、いつの世もファッションて可笑しい。
 他にも、あまり見る機会のなかった「被衣(かづき)」(→画像)「夜着」(着物の形をした寝具)が数点紹介されていた。どちらもこれまで形のみに気を取られていたが、「被衣」は首抜き浴衣のように肩に大きな紋が染め抜いてあるものが多いとか、「夜着」にも縁起を担いで特に好まれる絵柄があるというのも面白かった。


 ところで本展覧会から帰って、「しまった」と思ったことが一点。展示の最終コーナーで、戦前の松坂屋が発行していた呉服関係の刊行物(「販売時報」という内部資料みたいなのとか、「染織名作展」=いわゆる展示会の図録、また季節ごとのスタイルブック的なもの)がかなりたくさん展観されていたのだが、会場が混み合っていたため、もっと舐めるように見たかったのを途中で断念。帰ってから図録で確認……と思ったら、なんとこれらは大阪展のみの特別出品とのことで、名古屋展・東京展と共通の図録には全く収録されていないのであった。祇園のお姐さんを交えた座談会とか面白そうな記事が載ってたのに。もう少し粘って良く見てくるべきだった(とは言ってもガラスケース越しだが)、と後悔している。江戸時代の雛形本もいいけど、やっぱり「ちょっとだけ昔」の着物事情がいちばんそそられるのよねぇ、私としては。
 最後にもうひとつ残った謎が、その展示会を紹介する当時の文章のなかに出てきた「上御成り」という言葉。文脈からしてたぶん「ご来場くださった上得意様」みたいな意味かなと思ったのだけど、ググってみても不明。用例求む。というか調査続行。

*1:それあまり関係ない気がするけど