読みたいような怖いような

原武史松本清張の「遺言」 『神々の乱心』を読み解く』(文春新書)読了。

松本清張の「遺言」―『神々の乱心』を読み解く (文春新書)

松本清張の「遺言」―『神々の乱心』を読み解く (文春新書)

 『神々の乱心』のあらすじを紹介しつつ、舞台となったいくつかの土地の性格と絡めて分析していく。ツクヨミ(アマテラスの弟)を祭神とする新興宗教「月辰会」が、宮中に仕える女官の人脈をつてに貞明皇后に接近。昭和天皇とそりがあわず、弟の秩父宮を溺愛している貞明皇后を利用し、秩父宮を戴いて宮中クーデターを目論む…という筋書き。
 (アマテラスのもう1人の弟神である)スサノオを祀った社の多い土地「秩父」、かつて百年以上にわたって南朝が存続した「吉野」、日本の弟国家「満州」というぐあいに、「弟」あるいは「もう1人の神・もう1人の天皇」を想起させる場所を連ねることによって、弟の反逆という、有り得たかも知れない昭和史の裏ストーリーに神話的・原型的な骨格を与えている小説だと感じた。と同時に、阿片をめぐって満州で暗躍する怪しい人々など、あざとい要素も盛り込まれていて、そちらにも心惹かれる。

 そんな『神々の乱心』は清張にとっては、古代から昭和までの日本史に対する関心を総合した作品だったのだろう。しかし原武史が今このタイミングで、弟宮の反逆*1をテーマとしてこの小説を取り上げて論じていることにちょっとヒヤっとしてしまう。この本の最後のほうで、現下の皇位継承問題について

 現行の皇室典範に従えば、現天皇の次は徳仁皇太子が天皇になることは明らかですが、その次は皇位秋篠宮家に移り、秋篠宮悠仁親王と継承されてゆきます。つまり、江戸時代後期の光格天皇以来、仁孝、孝明、明治、大正、昭和、現天皇徳仁皇太子と続いてきた一つの家系が断絶するのです。

とあるんだけど、次男が継いでも「家系が断絶」と言うんですかね(--;)。数十年前に既に「次男」が天皇になる可能性を取り上げていた清張の先見性はすごい、と繋げてあるのだが…ルール通りの平穏な継承までが、なんとなくスリリングなドラマ色を帯びて見えてきてしまいそうで。


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 三種の神器のうちの「鏡」、また(月辰会が神器と主張する)それとは別の「鏡」についても解説されているが、ちょっと複雑で私の頭にはうまく入らなかった(原氏も、『神々の乱心』が難解とされる理由のひとつとしている)。そのかわりといっては何ですが、今朝の京都新聞に載った、《生誕100年記念講演会》の記事から。
 松本清張研究会と生誕100年記念事業実行委員会の共催により開かれた会で、考古学者の森浩一氏と歴史学者の直木孝次郎氏が講演*2。そのなかで、森浩一氏の話として

 三角縁神獣鏡が中国で製作された鏡という説に異議を唱えた森さんの論文を読んで、清張さんは直接電話をかけてきたという。「鏡について実に細かいことを聞いてきて、受話器を持つ手が痛くなった。半分うれしく、半分難儀やなあと。研究者も含めて、清張さんほど僕の論文を丁寧に読んでくれた人はなかった。」

というエピソードが紹介されていた。清張の鏡に対する関心はかなり専門的で深いものだったようだ。
 神器といえば、原氏はこの本の終わり近くで、桐野夏生『女神記』および奥泉光『神器』について「天皇制の深層を鋭くえぐり出し」た小説として言及している。『神々の乱心』ももちろん面白そうなんだけど、放置している奥泉作品も読まないと…と、また焦りが。

*1:といっても小説は未完で、じっさいどこまでの事が起こる予定だったのか正確にはわからない。最終章で原氏が結末を予測。

*2:松本清張記念館公式ウェブサイトでの紹介はこちら。ちなみに生誕100年記念サイトはこちら。記念グッズもある!