あの人が語らなかったことを語ったこと

 『本の旅人』(角川書店のPR誌)の2006年5月号というのをパラパラめくっていた*1ところ、中島京子さんのエッセイに面白いことが書いてあった。巻頭の〈書店の遠景〉と題された見開き2ページで、毎月いろんな作家が書店にまつわる思い出やエピソードを書いているコーナーである。探してみた限りでは、中島京子さんの(こういう単発のエッセイが収録されるような)エッセイ集などは見つからなかったので、ちょこっと記録。


 「もう十年近く前の話になるが、」と始まり、中島さんがシアトル在住だった頃に通っていた地元の独立系書店The Elliott Bay Book Co.について書かれている。そこの地下のカフェに、『ねじまき鳥クロニクル』の翻訳版を出版したばかりの村上春樹が「オーサー・リーディング」にやって来るというので、中島さんは友人と出かけた。

 あの日、外国にいる気軽さで、「どうして舞台をノモンハンにしたんですか?」と、間の抜けた質問をしたのは、村上さん、九年前の私です。
 そのときのお答えは、なんといったらいいか、ほんとに「村上春樹っぽい」答えだった。言ってみれば、村上春樹の一編の短編小説みたいだったのだ。あれにはちょっと驚いた。いや、ほんとうに。ああいう場で、そうくるか。ほー。
 しかしこれは、ご本人がどこかにお書きになるかもしれないし、すでに書かれているかもしれないし、いずれにしても、もはや紙数がつきたのでご想像にお任せします。

 と、このエッセイは終わっている。そこから更に3年が経過しているので、12年前ということになる。その時語ったことを、村上春樹はもうどこかに書いていたのか、それ以後にどこかに書いたか、それともあのスピーチに含まれていたのかしら。もしかしたらまだ、その夜(かどうか知らないがたぶん夜)その場にいた人だけの知る秘密なのかしら。

*1:ためこんだ無料PR誌をお風呂に浸かって読みます。濡れても読んだあとは捨てるだけなので気楽。