自分だけが見そびれた夢

きまぐれロボット (角川文庫)

きまぐれロボット (角川文庫)

 私の世代だと、星新一のショート・ショートからSF読者になったという人や、児童向けの本を卒業して大人の本を読み始める入り口になったという人もけっこういるようだ。私はこの年齢になるまで、ほとんど星作品を読んだことがなかった。


 小学生の頃だと思うけれど、当時まだ新参レーベルだった講談社文庫*1から、『声の網』という本が出ていて、そのカバーイラストの不思議なタッチと、岩波や新潮とは違う講談社文庫独特の新鮮な活字や紙質とがあいまって、心惹かれるものがあった。しかしこれはショート・ショート集ではなく、いま紹介文*2を見てもあまりほのぼのした内容とは思えない。当時の私もとっつきにくく感じたのだろう、結局その本を買って読むことも無かった。


 いま、片山若子さん*3という人の、可愛らしくどこか寂しい挿絵がついたこの版で『きまぐれロボット』を初めて読む。たとえて言うと、子供時代に住んでいた沿線の、一度も降りたことのなかった駅で、何十年も経ったある日、思い立って降りてみたような気分だ。
 大人になった今では、いつでも好きな時に、降りたい駅で降りてみることができる。だけど、そこから秘密の館への道のりが記されていたはずの地図はとっくの昔に無くしてしまったらしく、あのころ先に出かけてしまった仲間に追いつくことはもう永遠にできない。‥そんな感じの、《とりかえしがつかない》という夢を、私はしばしば見る。この本の読後感も、そんな夢の覚めぎわによく似ていた。

*1:1971年創刊。『声の網』は1973年刊。

*2:http://bookweb.kinokuniya.co.jp/guest/cgi-bin/indexp_cgi_AC=1-16051

*3:『声の網』も、現在は同じ片山さんのイラスト付きで角川文庫から出ているらしい。