公共機関の〈嫌われたくない症候群〉中篇

 …(承前)じつは、これに似た出来事は前にもあって。というか、似た事件を私が起こしたというか(笑)


 数年前、大阪と京都の境の山裾にある、(古い洋館と某有名建築家の設計したコンクリート造りの新館とから成る建物でも知られる)こちらは民間の美術館でのこと。ここはJRの駅からかなり急な坂道を登っていくし、図録を買えば荷物が重くなることもわかっていたので、私は当然リュックを背負ってスニーカーで出かけた。
 すると、館に入ったところの壁に小さな貼り紙がしてあって、《リュックでは入館できません。預けてください。貴重品は各自で管理して下さい》という主旨のことが書かれている。そう言われましても、持ち物は全部そのリュックに入れて歩いて来ているのである。「貴重品」だけを分けて携帯できるような手提げや小カバン類も持っていない。受付でそう言うと、「ではぶつからないように気をつけてムニャムニャ」と、ここでもまた(後で振り返ると)語尾が消え入るような曖昧な返答だったので、私は「今のは“じゃ仕方がないからそのまま入って下さい、ただ展示品にぶつけないように注意は十分して下さいよ”ってことだな、柔軟に対応してくれたわけだな。さいわい平日だから空いてるし」と勝手に解釈してそのまま入っていったのである。
 ところが、ここでもまた、幾つめかの展示室で別の女性監視員が近づいてきて、「申しわけありませんがリュックは…」と小言を始めたので、「いや、さっき受付でそれは無理ですと説明したので、承知してもらえたと思ったんですけど」と言い返したら、その監視員も一瞬固まってしまったので、もう無視して私は絵画鑑賞を続行したのだった。
 帰宅してから、この美術館のウェブサイト、事前に入手していた当該展覧会のチラシなどをチェックしてみたが、どこにも「リュックを背負って入館できない」旨の注意書きはなかった*1。つまり、美術館にたどりついて初めて知らされる《ルール》なのである。納得できない思いが残った。



 この件にはまだ後日談があり、1年ぐらい経ってから関西地方のとある情報系TV番組でこの美術館が紹介されたことがあり、その映像のなかにリポーター役の女性が(よく女性が使うようなごく小型のものではあるが)リュック型のバッグを背負って館内を歩く姿があるのを目撃した。
 その途端に、1年前の怒りが身中にふつふつと再燃(笑)するのを覚えた私は、いまと同じようにPCを起動して、いまと同じように長文の手紙を館長に宛てて書いたのである。「TVではリュックを背負ってたし、以前と同じくウェブサイトにもリュック禁止の断り書きは無い。リュック禁止は解除されたのでしょうかネ?」と。


 しばらくして館長から返事が来た。TV放映された映像はこちらのミス。リュック禁止にかわりはありません、ということだった。その美術館は前述のとおり山裾にあり、ハイキングコースが近いこともあって、けっこう本格的に大きなリュックで入館する客が多く、建物や展示品を傷める事故も幾度かあって、ついに決断したことだそうである。
 それ自体はじゅうぶん理解できる事情ではあるが、私が併せて提示した疑問:
 【1】肩からブラブラ提げている大型バッグのほうが、背中に固定されているリュックよりも不安定で危険大にも思えるが、なぜリュックだけが禁止なのか。
 【2】事前にウェブサイトや案内チラシで知らせてくれれば、手提げ袋をなど用意することもできた。ルールがあるならなぜ訪問前に知ることができるように努めないのか。
という2点には、合理的な回答は得られなかった。
 「バッグのサイズなどあれこれ条件を言い出すとややこしいので、とりあえずリュック型は大小問わず禁止」
 「ホームページやチラシに禁止事項をあまりたくさん書いておくと感じ悪いので、来た時に言うほうがいいと思って」という感じの返答。
 (しかし私に言わせれば、「写真撮影禁止」などは大抵の美術館が共通して掲げている「一般によくあるルール」であるのに対し、「建物が貴重なので傷めないようにリュック禁止」のほうがこの美術館固有の特殊ルールなのだから、そっちこそ予め周知するべきだと思うのだが、館長の考えは違ったようで、「写真撮影禁止」のほうがチケットやチラシに印刷されていたのである。「みんなが言ってることは言っても大丈夫」という判断だろうか) (後篇へ続く)

*1:2012年1月現在はウェブサイトの「利用案内」のページに記載あり。私の意見が通ったのか他に何か事情があったのかは不明