世界の夜のがわで

 第二次世界大戦直後のドイツに、(ドイツ系)アメリカ人の青年がやってくる。伯父のつてを頼って、ドイツ全土に広がる鉄道会社へ就職するが、伯父は一度は祖国を捨てた親族である甥に対して冷淡な態度を示す。日常は全てが連合軍=アメリカの統制下にあり、職場も奇妙な息苦しさに包まれている。主人公は鉄道会社の社長令嬢と知り合い、やがて抵抗できない暗い力にひきずりこまれていく…


 ナチス復興を狙うレジスタンス組織《人狼》がひそかに企む暗殺やテロ。それに荷担していた人物が言う、「人狼は、昼間は人間で、夜だけ狼になる」「人間が獣になるなんて、あなたには想像できないでしょう」という言葉には、正義の味方のような顔でドイツに乗り込んできたアメリカという国の平板さを笑うようなニュアンスがある。アメリカに、ヨーロッパの闇の顔がわかるか?というような。
 ただ、この物語で《人狼》が守ろうとしていたのは単にナチスという組織や過去の体制だけではなかったのかもしれないが、昨年のフォン・トリアー監督の“ナチス擁護発言”騒動の後では、やっぱりこの映画にもちょっと危ない要素が含まれていたのかなーとも思ってしまう。



 エンディング・クレジットの背景に流れる曲はこれ。歌詞が分からないので何ともいえませんが、これもなんだか全体主義的陶酔が漏れ出してくるような感じで、怖かったわ。


"Europa Aria"
Written by Lars von Trier
Performed by Nina Hagen and Philippe Huttenlocher
Courtesy of Virgin Musique


 『ダンサー・イン・ザ・ダーク』以後、世界的な話題作を幾つも発表しているフォン・トリアー監督だが、残念なことに私はそのほとんどを未だ観てなくて*1、私にとっては同監督と言えばあいかわらず『キングダム』の人なのである。あのドラマでは病院内の秘密結社ぽい謎の集団が執り行う奇妙な儀式の場面があったが、『ヨーロッパ』でも、鉄橋が爆破されるか否かという緊迫した事態のなかであくまでも強行される車掌の資格試験(?)の不条理なバカバカしさが、ちょっとあのドラマを思い出させて、ワタシ的に「あぁ、ラース・フォン・トリアー!」と思う瞬間だった。


 ところでこの映画は、マックス・フォン・シドーの呟くようなナレーションが《あなた》に対して掛ける催眠術に導かれて始まり、そこから逃れられないまま終わる。

 先日(今回と同じように、昔wowowで録画したVHSを消化するという個人企画(笑)の手はじめとして)みた、ドゥシャン・マカヴェイエフ監督の『人間は鳥ではない』にも、催眠術が出てくる。ただし、『ヨーロッパ』の催眠術が画面の外側に声として存在するだけで姿を見せないのに対し、こちらは見世物の怪しい催眠術師が登場し、興行は大賑わいで、舞台に上げられた観客が見せる滑稽な言動に皆が笑うというシーンも含まれている。

人間は鳥ではない [VHS]

人間は鳥ではない [VHS]

 旧ユーゴを舞台にしたこの映画では、それは簡単に何かを信じ込まされ操られる人民を象徴する戯画的な比喩でもあろうと思ったのだが、時代・場所設定が異なるとはいえ大戦後ヨーロッパを描いた作品を(私としては珍しく)つづけて観た、その2本がいずれも催眠術というモチーフを取り入れていたことは印象的だ。まるで、《ヨーロッパ》の真の姿は眠りをくぐり抜けた向こう側にしかみえない、とでもいうみたいで。

*1:『エピデミック』『エレメント・オブ・クライム』は録画したのがあるのでなるべくはやく観るつもり