嘘から伝染した…

エピデミック [DVD]

エピデミック [DVD]

 ヨーロッパ三部作の真ん中、『エレメント・オブ・クライム』と『ヨーロッパ』のあいだ。
 
 フォン・トリアー監督と共同執筆者のニルス(共に本人出演)が完成させたはずの映画脚本が、〆切間近、なぜか完全に消えていた(5inchのフロッピーwから)。たいへん切迫した状況のはずなのに、どうもニタニタと緩い雰囲気の2人。急遽、〈エピデミック(疫病)〉というタイトルの脚本を一週間で書き上げることにし、取材に出発する。タイプライターでepidemicと打鍵すると同時に画面左上に赤い文字でEpidemic(C)と刻印のようにしるされ、それは最後まで消えない。ここから先は書かれたお話ですよ、と注釈しているようでもあり、また逆に、書いたことが現実を動かし始めた証のようでもある。
 中世の黒死病大流行の資料を保存している古文書館と無気味なその地下室、作中劇の主人公メスメル医師が、疫病と対決すると主張して上司や同僚医師たちから非難される場面の重苦しい部屋、なぜか繰り返させるワーグナーの音楽…

 そして2人がウド・キア(この人かなりフォン・トリアー作品の常連だったのね)を訪ねると、彼は亡くなったばかりの母が打ち明けた思い出を涙ながらに語り始める。それはウドが生まれてまもないある日の出来事だった*1。そしてウドはふたりを、ケルン大空襲の夜に赤児の彼を抱いた母が逃げたというアーヘナー池まで案内し、爆撃で焼かれたおおぜいの人々が水を求めてそこに沈んでいた光景を語る。《ここで泣き叫んでいた人々はナチ党員じゃない。》

 最後に、完成したわずか12ページの脚本をみせられて憤然とするプロデューサーと相変わらずへらへらしているラース、ニルス夫妻の前に現れるのが、催眠術師(?)に伴われたひとりの女性。「脚本を読んだんだね?」と質問されて話し始める彼女の言葉は、しだいに激して、それほんとにこの脚本に書いてあること?いったいなんの話をしているの?と誰もが思うほど恐ろしい内容へ逸脱してゆき、ついには彼女の恐怖そのものが疫病を爆発させたかのように、突然の破局が訪れる。被験者というよりも霊媒といったほうがふさわしい彼女はいったい何を召喚してしまったのだろう。もしかしたら、世界のどこかに常に眠っている、大量殺戮の種子?『虐殺器官』?
 大量死(殺)の記憶と、それを再起動させる催眠術/降霊術としての映画(フィクション)。そういえば『キングダム』も、病院が建つ前にその場所にあった施設でおおぜいの子供たちが悲惨な事故で落命したという設定になっていたな。あれもフォン・トリアー監督とウド・キアオブセッションが合体したものだったのだろうか。


 

*1:このエピソード、どこまで実話なの…と思いながら観ていたのだが、IMDbのUdo Kierのページをみたらプロフィールのところにわざわざその話が書いてあったので、どうやら実際にあったことらしい。