ゆきて帰りし者はかつてのその者ならず

ホビットの冒険〈上〉 (岩波少年文庫)

ホビットの冒険〈上〉 (岩波少年文庫)

ホビットの冒険〈下〉 (岩波少年文庫)

ホビットの冒険〈下〉 (岩波少年文庫)


 いよいよ本年末には映画版『ホビット』前篇の公開が決まっているので、読んでおかなくては。主人公ビルボを演じるのは、話題の『SHERLOCK』でワトソン役のマーティン・フリーマン*1。いったんそう思って見てしまうと、もうビルボ役はこの人以外考えられないくらい、ホビットな俳優だ。期待で胸が高鳴る*2


 『指輪物語』での年老いたビルボしか知らない者としては、彼が主人公となるとどことなくノンビリした物語を想像していたが、なかなかスペクタクルな一大合戦場面も含めハラハラさせる冒険が相次ぎ、映画ばえしそうなシーンもそこここに感じられた。中心になっているのは、かつてドワーフ族が繁栄を誇った山の大洞窟が、恐ろしい龍のスマウグにおびただしい宝物ごと乗っ取られている、それを取り戻しに出かけるというストーリー。むかし良き日々があり、いまはそれを失い放逐された者の痛みは、山を追われた森のエルフ族にも、湖の人々にも共通する。物語全体が、さいしょから喪失の哀しみに染まっている。それゆえに、財宝や権力をめぐって各々の抑えきれない欲望もひしめきあう。
 戦いのすえに、大きな犠牲を払いながらも、世界は悪の影から脱してもう一度良きものとして生まれ変わりゆくが、そこをくぐり抜けて故郷へ戻ったビルボは、もう元の暢気で平凡なホビットではなく「変わり者」としか見なされない(なにせ「詩人」になってしまったのだから)。最後に、自分の冒険譚を書き始めているビルボこそ、永遠にどこかへ放逐されてしまった、かなしい存在なのかもしれない。世界は再生しても、それはもう元のあの世界ではないのだ。

*1:わたし流に言うと、田中裕二のほう。ちなみに太田光であるところのシャーロック=ベネディクト・カンバーバッチさんも『ホビット』に出ていると思っていたが、残念ながら後篇のほうにのみクレジット、しかも声の出演らし。

*2:それと今気づいたけど、トーリン・オーケンシールド役のこの人、イケメンすぎませんかドワーフにしては!?