ほぼ初愛知。

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 フランシス・ベーコン展を観に、愛知県豊田市というところへ初めて足を踏み入れた。

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 豊田市美術館は、受付や監視(笑)係のお姉さんたちが丁寧で行き届いており*1、おそらく関西の某館や某館とは違い、同じ派遣スタッフだとしてもお時給がよろしくて質の高い教育を受けた方たちが雇用されているのではないかと。またミュージアムショップで買ったポストカード類を入れてくれる封筒が厚手の立派な紙質のものだったことに加えて特筆したいのはトイレ備え付けのペーパーが美麗な葉っぱ模様のエンボス入りで、「紙にお金かけてるなー、この美術館」と感心させられたことである。さすが公立と言えどもやはり大トヨタのお膝元だけあってリッチなのである。
 それはともかく、美術館の庭や建物の空間そのものが面白く、時間があったらもう少しゆっくり楽しんで来られたのに…と少し心残り。自宅からはかなり遠いので、どうしても観たい展示で、しかも絶対に関西に来ないという場合でない限り、再訪の機会はなかなか無いだろうが、次がもしあればぜひのんびり滞在してみたい場所でした*2



 で、ベーコン。これまで印刷物で作品を見て抱いていた、あの変形し溶け崩れるような人体…というイメージからそう外れてはいない、予想通りといえばそんな作品群であった。
 会場の説明文は、繰り返し画面に現れる檻のような四角い空間(に閉じ込められた人物)、そして半透明な身体(こちらとあちらの境界線にまたがっているような存在?)に着目していたようだが、私はむしろ、これも何度か描かれているあのテーブルのようでもありトランポリンの枠のようでもある丸い台?が印象に残ってしまった。それに半透明というよりは分解途中のような身体は、その閉じ込められた箱状の空間とも相まって、なんとなく例の《シュレディンガーの猫》というやつを連想させる。たぶん(私たちの)身体も、「常に全く有る」わけではなく、部分的に居なくなっていたり、居るかもしれなかったり、するのだろう。ベーコン本人が望んだというガラスで覆った額装の前に立って、私も、そのほどけかかったような身体の隙間に自分の姿を映してみた。スフィンクスと一体化してみた。一体化? 《個》は分解しかけているのに、かといって《他》とひとつには、なれるものではなかった。
 土方巽フォーサイスがベーコンの作品に想を得て踊った、というのは全く初耳。展示されていた映像を見たけれど、なんとなく一生懸命パラパラ漫画を描いているようなもの悲しさが…せっかく天才ベーコンが一枚の無時間の平面*3に描いたものを…うまく説明できませんが。

 

wikipedia:愛の悪魔/フランシス・ベイコンの歪んだ肖像 
 この映画も知らなかったけど、サー・デレク・ジャコビがベーコン、なんとダニエル・クレイグが(モデルであり恋人でもあった)ジョージ・ダイアーという配役が凄い。見てみたい。


 しかし、絵の印象からなんとなく悲惨なイメージを勝手に持っていたフランシス・ベーコンという人、よく考えてみたらインテリアデザイナーというオサレな職業を経て、インスパイアしてくれる恋人を何人も持ち、そしてけっこう長生きもし、なんだリア充な画家じゃないか。と思ったらなんだか悔しくて若干ぷんぷん丸なのであった。


 ほんとは高知県立美術館で開催中の大きな展覧会(塩田千春展 ―ありがとうの手紙 )に行きたいのだけどあまりに遠い…と思っていたところ、たまたま名古屋のギャラリーで小規模な個展をやっていると知り、じゃベーコンの帰りに行ける!と大喜びでお邪魔してみた。
 会場はビルの空き部屋?と勘違いしそうな素っ気ない空間。この作家の長年のオブセッションと思われる赤い(そして黒い)糸のようなモチーフの平面と立体、それに映像作品が並ぶ。私にとってこの人の作品にはいつも、昔みた怖い夢をわざわざ確認しに行くような懐かしさがある。消せない記憶、閉じ込めて(←両義的に)おきたい過去はもちろん人それぞれ、私のそれと塩田千春のそれとは全く別物だろうが、時間や悔恨がそのまま物になってそこにあるように見える作品に、共感とも呼べない、「何か」を感じる。
 このギャラリーは塩田の個展を定期的に開くなどかなり力を入れているらしく、他所の展覧会のも含め図録もたくさん並んでいて、一瞬どれもみな欲しくなってしまったのだが、実際に展示されている作品を観てしまうと、「図録を眺めて満足してしまうのは違うんじゃないか」という気もして来て、結局見送ってしまった。
 ギャラリーに入る前は、この小展を観れば、高知の展覧会に行けなくてもまぁまぁ気が済むのでは…と思っていたのだが、かえって「やはり現場に立たないと」感が増してしまったようでもあり、なかなか悩ましい。


 そんなわけで、名古屋〜豊田の距離(所要時間)を甘くみていたのと、不運な列車遅れが重なって、少々慌ただしい一日になってしまったが、ふだんほとんど半径数百メートルの生活を送っている身にとっては久しぶりの遠出&社会見学(新幹線に乗る練習)として有意義であった。

*1:かつて私の怒りを惹き起こした展示室の足元テープ問題も、ここでは入室時に手際よく説明がなされてフェアな印象だった

*2:美術館の手前の上り坂が厳しいのと、その途中にあるいささかワイルドな鰻屋さんが気になったことも書き留めておきたい

*3:とはいえ三幅対もたくさんあったわけですが