あなたは倒れないで


ダニエル・オーフリ『医師の感情』読了。

医師の感情: 「平静の心」がゆれるとき

医師の感情: 「平静の心」がゆれるとき


【20170306追記】
訳者による紹介文が掲載されていました。

『医師の感情―「平静の心」がゆれるとき』書籍紹介 心に悩みを抱える医師へ〜『医師の感情』翻訳に込めた想い
【エピロギ】 http://epilogi.dr-10.com/articles/2036/

 衝動的に購入してしまったものの、このシンプルな書題と装幀、帯の"ルポルタージュ"という言葉から、「これこれの調査に対し、医師の○○パーセントが××と回答している」のような、無味乾燥な内容かも…と読む前にもうガッカリしかけていたのだが、予想に反してこれはひじょうに生き生きとして面白いエッセイだった。
 
 【余談】いま、無料BS放送のD-Lifeで『ER 緊急救命室』を連日放映している。昔、NHK-BSで放映されたときにもちろん観ているのだが、あのとき初回から欠かさず観たという自信はなかったので、今回ぜひ第1シーズンからみなおしてみようと毎日楽しみにしている。現在もう第3シーズン。で、やっぱり第1シーズンの初めのほうは確実に「これはみていなかった」「記憶にない」と思ったのだけど、「これは途中から出てきたキャラ」と前から自分が認識していた(=つまり、その人物が初登場した回の時点では既に自分は番組を観ていたはず)のDr.キートンやDr.ガントが出てきているのに、まだストーリーや内容に「これは昔みた」という確信が持てない。それだけ、昔みたはずのお話をすっかり忘れているというわけ。どうなっているのか私の頭、私の過去。


 さて、『医師の感情』の著者Dr.オーフリ(ダニエルというお名前はカタカナだとどちらか分からないけれど、女性です)が長らく働いている病院も、あまり裕福でない患者がどんどん運び込まれてくるような公立病院なので、あのドラマに出てくるカウンティ総合病院におそらく似た環境だったと思われ、書かれているエピソードの幾つかは、まさに「読む『ER』」という感じ。自身が経験した大小の失敗、恥辱や失望や後悔も率直に描かれる。もし著者が男性だったら、自らの「感情」をこれだけ素直に書けるかしら(認めるという意味でも描写力という意味でも)、という気もちょっとした。

 そして、合衆国と日本とでは医師養成のシステム・健康保険制度・訴訟に対する感覚*1などの背景は異なるとはいえ、基本的にここに取り上げられている医師がしばしば遭遇してしまうトラブルや苦悩、心の動揺は、場所を問わず医師という仕事の本質に関わるものなのだろうという気がする。他人の身体生命を直接的・決定的に左右してしまうという、とても特殊なその仕事と役割に。だから、たとえば医師の「燃え尽き」を未然に防ぐために設けられるカウンセリングの仕組みなどは、たしかに無いよりはあるほうが良いのだろうし有効でもあるのだろう*2が、けっきょくお医者さんたちというのはこの苦しみから逃れることはできないんじゃないか…それを踏ん張って背負っていく仕事なんじゃないだろうか…というのが、月並みなんだけどこれを読んでいて感じたことだった。だからうまく背負っていく(背負わせてあげる)方法を考えなければ、ということなんだろうけど。

 《ランド研究所が行った二万人の患者とその医師を対象にした非常に意味深い追跡調査…とりわけ興味深いのは、自分の仕事や生活に満足している医師にかかっている患者の方が処方された薬をきちんと服用する傾向がずっと強かった、ということである。これは医師の(実際の「行動」ではなく)内的感情と患者における治療効果の改善を直接的に関連づけた最初の研究結果である》という指摘も面白い。まぁわざわざそんなことを指摘されるまでもなく、どんな患者だって健康明朗で静穏な気分の医師に診察・治療してもらいたいに決まっている。しかしそのために、患者に何ができるんだろう。


〜〜〜〜〜〜〜〜

 この本の訳者あとがきは

 ちょうどこの本の翻訳中に、後輩医師の自殺というショッキングな報に触れた。

というそれこそショッキングな書き出しで始まり、以下のように締めくくられる。

 この本は主に臨床医、特に若い医師に向けて書かれたものであるが、もし心に悩みを抱えている医師が、読後、悩んでいるのは自分だけではないのだと知っていくらか気が楽になったとしたら、本書が世に出る意義は十分あったと思う。

 
 私はもちろんただの患者で医師や医療関係者とも何の関係もないのだが、"私の先生"が毎日どんなふうに感じ考えて仕事をし、生活しているのか、興味が…いや、むしろ気がかり(笑)でならず、ついこんな本まで読んでしまった。"私の先生"はまさかこんな本を読んだりしないだろうなぁ。そんなヒマはなさそう。でも、どうか先生に心の逃げ場所がありますように。そう祈らずにいられない。(だんだん本と関係ない感想に…)

*1:《全ての医療訴訟の四分の一近くは、インターンとレジデントを被告人に含んでいる》という箇所を読んでちょっとショックだった

*2:カウンセリングも宗教もアメリカほど当たり前でない日本ではどうだろうか