棋士たちのヴァルハラ?

死神の棋譜

死神の棋譜

死神の刃の下で駒を凝視する男の行方は――。圧倒的引力で読ませる将棋ミステリ。――負けました。これをいうのは人生で何度目だろう。将棋に魅入られ、頂点を目指し、深みへ潜った男は鳩森神社で不詰めの図式を拾って姿を消した。彼の行方を追う旅が始まったが……。北海道の廃坑、幻の「棋道会」、美しい女流二段、地下神殿の対局、盤上の磐、そして将棋指しの呪い。前代未聞の将棋エンタテインメント。


 竜王戦番勝負のさなか羽生善治九段が「高熱を出し入院」との気懸りな報せ(11月11日)につづき、藤井聡太二冠の王位就位式が行われた(11月12日)夜に、新旧棋士たちの戦い続ける人生を垣間見つつ読了。
 著者はどこだったかで、本作には(名前こそ出ていないけれど)読めばそれとわかるように藤井さんも登場しています、ということを書いていた。物語の時代設定が少し前になっているので、途中までは「あれ、藤井さんはどんなふうに出てくるんだろう」と心配になりかけたけど、最後のほうでとうとう…。棋士の戦いの凄みは、将棋を全く解しない私の想像がおよぶものではないけれども、就位式ではいつものように柔かな笑みを見せていた藤井二冠も、究極の将棋を求めて既にあの世界へ入ってしまっているのか、と痛ましい(笑)気持ちにすらなった。


 そして、この人も年代的に本作中では未だ名前が出てこないけれども:
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(…)盤上で激しくしのぎを削り合う棋士たちの頭の中身はいったいどうなっているのだろう(…)
渡辺名人は頭の中に盤自体がなくダークグレーの空間に駒の形や文字もはっきり浮かばない「暗黒星雲型」ともいうべきスタイルだった。

 ↑ この箇所を読んだとき、渡辺明三冠も間違いなくあの地下神殿で将棋を指してるな…と確信。



 私としては、かつて存在したらしい”将棋カルト”ともいうべき団体をめぐる伝奇ホラーの側面にもう少し濃いものを期待していた*1けれど、どちらかというと[アンチ]ミステリ寄りであったように思う。
 物語全体が「不詰め」であり、謎を追って姿を消した若手棋士とそれを追う(挫折した)元棋士という繰り返される相似を含めて、もしかしたら更に将棋の隠喩が含まれているのかもしれないが、そこは私には読み取り不能。しかし、第三章で「私」がホテルで夢にみる、龍の口の坑道に吸い込まれていく人々と作業服の男の場面や、執拗に描写される、岩の祭壇や金剛床のある地下神殿での巨大将棋の場面は、身に覚えのある悪夢の感触がよみがえって生々しく、いつか自分もそれを見たかのような気分になった。その鮮明さに対して、登場人物たちは(いずれも将棋指しである以上ある種の強烈なひとびとであることは確かなはずなのに)しだいに輪郭がゆらぎぼやけて曖昧で不確かな、それこそ文字通りの「単なる駒にすぎない」なにかへ変わり果て、結末にたどりつくと誰もがパタパタと書き割りを折り畳むように溶解していってしまう。ただ変わらず存在するのはあの空間で永遠に対局し続けるあの棋士たちのほうか…というコントラストが印象的。ただ、関西将棋会館が登場するとは思わなかったので、そこではちょっと吹き出しそうになった。



  ↓ 登場人物・できごとの時系列までまとめてくださっている親切なブログ。本作読了してからの閲覧がおすすめ。私も繰り返して読めばもう少し真相らしきものに近づけるのだろうか……

  • 死神の棋譜/ウタタネコル

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*1:ちなみに、読んでいるとちゅうでなぜか連想したのが、稲生平太郎『アムネジア』。再読したけど、やっぱり忘れる『アムネジア』。

アムネジア (角川書店単行本)

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