ペギーダ PEGIDA と「夕べの国」(『新たな極右主義の諸側面』メモ)

年末に、新刊書『新たな極右主義の諸側面』を読了。

新たな極右主義の諸側面 (nyx叢書)

新たな極右主義の諸側面 (nyx叢書)

 全体が約120ページの小さな書物のうち、本文は60ページほどで、詳しいあとがき(1972年生れのドイツの歴史家フォルカー・ヴァイスによるものと、日本語訳者である橋本紘樹*1によるものの2つ)が付いている。アドルノが1967年に行った講演記録が、いまになって文字に起こされて書籍化された経緯を含めて、現在の状況につなげる意味でもちょっと解説が必要だったということだと思う。
 そのあとがきの中で、近年のドイツでの右傾化の代表例として2014年に発足した反イスラーム運動PEGIDAの名前が挙げられている。PEGIDAとは、Patriotische Europäer gegen die Islamisierung des Abendlandes というドイツ語の頭文字をとったものだという。

西洋のイスラム化に反対する欧州愛国者 - Wikipedia

 そして、その運動名というか活動名の日本語訳としては、上記リンク先のWikipediaページにあるように、「西洋のイスラム化に反対する欧州愛国者などとするのが一般的であるらしい。

 いっぽう、本書の2つのあとがきでは、このPEGIDAに対する訳語が「夕べの国イスラーム化に反対する愛国的ヨーロッパ人」とされている。さいしょこの訳語だけをみたとき、ドイツ語を解さない私は「ゆうべ? 何かの間違いかしら」とすら思ったのだが、調べてみてAbendlandes(オリエントに対するオクシデント=西洋、日の沈むところの意)という単語を分解して字義のまま直訳?するとそういう意味になるのかなと推測はした。しかしそれにしてもなぜ、一般的な訳語を避けてあえて「夕べの国」という語を採用しているのかはよくわからない。
 あとで思いついて、このPEGIDAについて「夕べの国」という言葉を使っているウェブサイトがないかと検索してみたところ、次のような記事を見つけた。

www.excite.co.jp

 これは『ドイツの新右翼』という本の書評なのだが、その『ドイツの新右翼』の著者が、今回『新たな極右主義の諸側面』に「あとがき」を書いているフォルカー・ヴァイスである。この書評(3−4ページ目)によれば、

……ヴァイスが問題にするのは、右翼的思考の源泉にある「神話」なのである。より具体的には、第7章で詳述される「夕べの国」(アーベントラント)概念……「夕べの国」とは、ユーラシア大陸の反対側の日本が「日の出ずる国」と表されるようなもので、ヨーロッパのことを指す。しかし「日の出ずる国」と同様、「夕べの国」というフレーズには、当地の人々にとって何かエモーショナルな感情を掻き立てるものがある。それはドイツの民族主義にとって「我々の場所」のことなのだ

とあって、ヴァイスにとってはAbendlandesという語に込められた、単なるヨーロッパ=西洋を指すだけでない意味合いこそが重要な論点のひとつとなっているらしいことがわかる。その意を汲んで、本書『新たな極右主義の諸側面』のあとがきに於いても、PEGIDAの訳語として「夕べの国」という日本語が選択されているのだろう。
 しかし政治団体名のような固有名詞については、一般的に定着した訳語がある場合はだいたいそれに統一することが多いと思われるので、普通の時事ニュース記事などでこの団体名を見知っていた読者がもしこの訳語を見たら、たぶん違和感を覚えることだろう。私自身はそもそもこの近年出現した反イスラーム団体そのものを全く見聞きしたことがなく、今回はじめてその存在を知ったので、へーっそういう名前なのか、と最初の印象としてこの単語と共に憶えることになった。上記のWikipedia記事および『ドイツの新右翼』書評記事(北守=藤崎剛人さんによる)は、これからよく読ませてもらうつもり。

 以上、新春しらべもの初めでした。

*1:昨年2月に、橋本先生によるアドルノ入門講座へ行ったことが今回の本を手にとった契機。思えばあれが、お外でその種の集まり(座席が密)に参加できた最後だったかも。