everybody killed somebody

 『心理探偵フィッツ』とこの『第一容疑者』は、陰鬱で「イヤ感」満点のイギリス製刑事ものドラマを、私に印象づけた双璧である。
 『CSI』とか『FBI 失踪者を追え!』などアメリカのドラマのように、ありえなく美男美女な刑事や捜査官が登場したり、それらが和気あいあいと協力し合ってテキパキ事件を解決したり*1はしない。
 全員疲労とストレスでドヨ〜ンと顔色も悪く肌は荒れて目の下に隈ができたような状態で、同僚どうしは足の引っ張り合い、女性刑事にはセクハラまがいのイジメ。上司に反抗的・非協力的(どころか時には裏切っていさえする)でヤル気のない部下をなんとか働かせて事件を解決しても、手柄は署長とか警視正とかの幹部に持って行かれ、まったくよりによってこんな厭な仕事を誰がするか?と思わせるように出来ている*2
 今回のドラマの中でも、勤続30年を過ぎ上層部から肩叩きされているヒロインのテニスン警視に、父親は「ドブ掃除をまだ続けるのか」とまで言う。男社会のなかでそれなりに出世した、偉い女性なはずのテニスンにしてこう言われてしまうのだから、全く救いがない。
 それだけに役者の顔も、刑事/犯人を問わず、よくこんなイヤな顔の俳優ばかり探してきたなというぐらい、一度見たら忘れられないような顔が揃えてある(そういうふうに撮ってある)。


 そんなわけで、見た目のなめらかな心地よさはなく、堅いパンを噛みしめるような合計約200分という重量感のあるドラマ。
 ボスニアから逃れてきてロンドンで暮らしていたムスリムの若い女性が、惨殺体で発見される。当初バルカンマフィアによる密輸絡みの見せしめ殺人と思われたが、実は未だ知られていないボスニアでの大量虐殺事件が関係していた・・という話。ロンドンの底辺に身を潜め病院やホテルの清掃などをして暮らす移民の生活が描かれる。そこには逆に、大量虐殺に手を貸した過去をうまく消し去り、普通の市民の顔をして生きている者も紛れ込んでいたのだ。探り当てられた彼は取り調べに対して「何度も殺しました・・誰もが多くの人を殺したのです」と開き直る*3
 テニスン警視が独断でボスニアへ調査に飛び、大量虐殺があったという場所でその惨状を「幻視」し、そこで戦争犯罪があったことを確信する・・という場面はちょっと『第一容疑者』シリーズらしくない気もしたが、現地での聞き込みで容疑者の意外な正体が判明し、さらに二転三転する心理戦を含めたスリリングな展開は楽しめた。けっきょく「事件」は解決されるのだが、テニスン警視の徒労感は拭えない。大きな悪に対して無力である自分を痛感した時、それでも目の前のひとつの不正を暴き、自分にできる正義をなすという彼女の選択と努力*4は、正当に報われているのか?このシリーズはまだ続くのだろうか、このやりきれなさと矛盾をずしーんと背負ったまま・・・


 『ブライヅヘッドふたたび』でイノセントで愛らしいコーデリアを演じていたフィービ・ニコルズが、テニスン警視に敵対するすごく陰険で憎々しい捜査官役で出ていたのがかなりショック!!

*1:アメリカの刑事物でも、家になかなか帰れなくて離婚というパターンはよくありますけどね

*2:アメリカのドラマで比較的イヤ(笑)な感じがしたのは『ホミサイド』←ほんの一部しか観てないのですが。

*3:それが事実なのだと実感させるようなニュースが先日も流れていた。http://www.asahi.com/international/update/1005/024.html

*4:その決断には、じつは父親が告白した戦争中の体験も影響している