恐怖の中の悲しみ

P.K.ディック、D.R.クーンツ他/中村融編訳『ホラーSF傑作選 影が行く』(創元SF文庫) 読了。

 前半はさっぱり面白くなくてどうなることかと思いましたが、後半収録作はほとんどが気に入りました。
 いちばん関心があったのは、映画『遊星からの物体X』の原作だというジョン・W・キャンベル・ジュニア「影が行く」だったのですが、これは意外と地味。というか、例のブツが異星から来た生命体でしかも擬態するらしい・ということを隊員達がはやばやと&粛々と納得してしまう感じが解せない。もっと「なんじゃこりゃー!」という時間が長く続くはずと思うのですが・・納得してしまってからの「さて誰が本物?」に労力の大半が割かれているのがちょっとわからないです。

 あとは以下の通り。

  • P.K.ディック「探検隊帰る」
    • 幾たびも繰り返し、地球に帰還してくる彼ら。そのたびに帰郷の喜びを胸一杯に満たし、決して歓迎されていないことを知って愕然とする・・先日の映画『クローン』と同様、ニセモノ自身はじぶんがニセモノと知らないという設定は、ちょうど文楽を見ている時のような独特の感覚を呼び起こす。自分が人の手であやつられる人形とは知らず、全身全霊で生き苦しみ悲しんでいる文楽人形たちの切なさは、じつは見えないこの世の定めに動かされて生きる人間の悲しさそのものであり、それならばやはりニセモノの悲しみも人間のそれと変わりないのではないか。それに気づいたのか、人間と、人間でないものとの境界がしだいにわからなくなっていくFBIエージェントの苦悩も切ない。ただし、悲しみの余り核爆発(?)してしまう『クローン』の結末のほうが好き(笑)。
  • デーモン・ナイト「仮面<マスク>」
    • 肉体のほとんどを失って、完全補綴ボディに収められた人間に、たったひとつ残ってしまった感情とは?この問いは珍しくないものだろうが、結論は私を驚かせた。クールで透明な感触。
  • ロジャー・ゼラズニイ「吸血機伝説」
    • 最後のヴァンパイアが、自らを犠牲にして自由/吸血ロボットを救うという賭にうって出る。最後の人間を懐かしみ、彼にオマージュを捧げるために。追われ迫害されるものの悲しみと連帯、自由を求める誇り高い心を描くカッコいい吸血鬼仁侠もの。
  • クラーク・アシュトン・スミス「ヨー・ヴォムビスの地下墓地」
    • 「こんなのSFじゃない」との声も多いという(じっさい舞台が火星になっているがその必然性がほとんど感じられない)この作品が気に入ったという私は、やはりSFじゃなくてホラーが好きなんでしょうね*1。まともすぎる、ラヴクラフト怪奇小説
  • ブライアン・W・オールディス「唾の樹」
    • イースト・アングリアに落下した“馭者座人”が、農場の家畜とそこに住む一家におぞましい変化を次々と引き起こす。ずばり「グレンドン農場の怪」というわけですが、ヴィクトリア朝小説ぽい人間関係と舞台設定、H.G.ウェルズが登場する仕掛けも面白い。武器が小麦粉と三つ又ですからね。でも農場の主婦が九つ子を産むというところや、主人公が悪夢で見た唾の樹の描写はなかなかの怖さ。

*1:解説で、この系譜に属する作品として映画『イベント・ホライゾン』を挙げてあったのも嬉しい