挫折した理想国家たち

四方田犬彦『見ることの塩 パレスチナセルビア紀行』(作品社

 まだ第1部「イスラエルパレスチナ」篇を読み終えたのみ。ちょっと読みかけた第2部「セルビアコソヴォももちろん興味深く、図書館の返却期限が迫ってきたので、もう一度借りられたら続きを読むつもり。前半の感想(とも言えないメモ)。

 イスラエルパレスチナの経緯・状況は読んでいてもひたすら気が滅入るようなことばかりで、ここにどう希望を見いだせるのか私にはわからない。それはともかくとして、そもそもイスラエルという国のありようが極端に人工的(というか嘘くさい?)なことに驚いた。たとえば、イスラエル建国が「西欧文明を代表するエリートのユダヤ人のみからなる国家を地上のどこかに建設する」という、ほとんど夢幻的ともいえるユートピア思想に基づいたものであったこと。テルアヴィヴという都市名も、このシオニズム提唱者が書いた近未来SF小説に出てくる架空都市にちなんで名付けられたこと。二千年以上も日常言語としては用いられていなかったヘブライ語が、ユダヤ人の文化的伝統として人工的に再創造された国語であること。・・など。なかでもショッキングだったのが次のくだり。

(...)本来シオニストが国民として移住を期待していた西欧の「文明化」されたユダヤ人の大半が、ナチスドイツによる強制絶滅収容所によって殺害されていたのである。若干の生存者がいたにはいたが、初代首相であったベン・グリオンは、そのような「人間の屑」は新国家には必要がないと公言した。戦前にパレスチナに渡って困難な国家建設に携わった者たちにとって、どこまでもシオニズムを信頼せずヨーロッパに留まり、抵抗もせず屠畜場に引かれていく羊のような犠牲者とは、軽蔑されるべき否定的な存在でしかなかったためである。(...)もっともイスラエル国家は一九六〇年のアイヒマン裁判の成功以来、ショアーの厄難と国家建設の間に積極的な因果関係があるという宣伝工作を行い、アラブ人を追放してユダヤ人国家を樹立することが正当な行為であるという論理を国際的に喧伝した。

 迫害され続けたユダヤ人に安住の地を・・・というのは後づけの口実に使われただけなのか。じっさい、時代によりあちこちの土地からさまざまな出自のユダヤ人たちがイスラエルに移民して来たが、現在でもそれらの間には厳然たる階層が存在し差別が潜んでいるそうである。
 それだけでも理想国家とはほど遠い気がするが、さらに実際に数ヶ月をイスラエルで過ごした四方田氏の感想によると、イスラエルに住むユダヤ人の生活態度は、粗暴で傍若無人、身勝手で荒っぽいのが特徴だという。その原因のいくらかは、若くして男女ともに数年の兵役を義務づけられ、しかもそこでは現に「戦争」が日々続行されているという過酷な環境で人格が形成されることに帰せられる、と氏は考える。そんな殺伐とした国を思い描くと私の場合、北朝鮮とよく似た想像図になってしまう。