怖くない「怪奇」

 何週間も前のことですが書き忘れてた。夢見たものはこれだったのに、行き着いた先はどうしてあれだったのだろう。

 『ナイン・テイラーズ』以来のセイヤーズ作品。ピーター・ウィムジイ卿シリーズはひと通り読もうと決めて、ほんとは長編を第1作から順に読みたかったのだけど、この短篇集を先に買ってしまったので。
 『ナイン・テイラーズ』で大活躍の執事バンターはほとんど登場する場面が無く、また作品の趣向もやや怪奇・グロテスクな事件に傾いているため、『ナイン・テイラーズ』に感じられたようなユーモアの効いた作品はあまりない。そのためか、ウィムジイ卿のキャラクターもやや陰鬱で(ジェレミー・ブレットの)ホームズみたいに思える。
 そんな中で、中編「不和の種、小さな村のメロドラマ」は、教会を中心にした村の人間関係、素封家の相続争い、幽霊騒ぎなど、私にとって典型的な英国イメージを醸し出す道具立ての揃った作品で、『ナイン・テイラーズ』にやや近い世界。私はやっぱりこの手の舞台が好きだなぁと思った。国教徒と非国教徒、高教会(ハイチャーチ)派とローチャーチ派?のちょっとした対立点など、知識が無いのでピンと来ないものの、このへんもセイヤーズらしさなのだろう。ただ、ウィムジイ卿の助手役として活躍するのかと思われた巡査にけっきょく見せ場がなかったのは少し残念。
 それ以外では、エキゾチックなバスク地方を舞台にゴシック風犯罪が展開される「ピーター・ウィムジー卿の奇怪な失踪」と、郵便受けごしに覗き込んだ遠近画法という乱歩チックなイメージが印象的な「幽霊に憑かれた巡査」が気に入った。