すぐそこにありがちな異界

 松浦寿輝『もののたはむれ』(文春文庫) 読了。



 全十四話の幻想的な連作集。さいしょの一篇「胡蝶骨」で、晩年(は言い過ぎか。後期)の倉橋由美子がよく書いていたような異界往還モノの短篇を連想した。しかし全体として、倉橋作品が「死なずにここから自由に覗き込むあの世」という楽しげな感じなのに対し、いつもの街路を歩いていてふと曲がり角をまがったら「死」がヌッと佇んでいた・・というような、嫌な襲われ感のある話が多い。
 「並木」「一つ二つ」「千日手」のような世界へ不意に迷い込みそうな街並みというのは、東京の町なかにこそ残っているのかもしれず、長年の郊外族しかも東京に土地勘ゼロの私にとっては、具体的に挙げられている地名ともども舞台設定じたいが幻のようではっきりつかみ取れないもどかしさはある。あまり土地を限定されない、普遍的な記憶の曖昧さを描いた「鳥の木」などの作のほうが親しみを持てそうなものだが、じっさいに心惹かれるのは先にあげたようなお話のほうだった。