静かで暴力にみちた世界

 柴田元幸編訳『どこにもない国』(松柏社)読了。 図書館本。

 柴田印[ブランド]のアンソロジーで、副題は「現代アメリカ幻想小説集」。“柴田君”エッセイの生半可なファンだった私だが、翻訳者として人気が確立され、どんどん訳書が出るにつれて(物量的に)ついていけなくなってしまった。そのため、柴田印愛好者にはお馴染みの作家が並んだ収録作でも、私にとってはミルハウザー以外すべて初対面。なかなかお得な出会いとなりました。

 巻頭におかれたエリック・マコーマック「地下堂の査察」は、買ったのに未だ読んでない短篇集『隠し部屋を査察して』の表題作。ここで読むかどうかちょっと迷ったけれど、訳者も違うことだし試食のつもりで読んだら正解でした。奇妙な地理と建物、語り手たちの儀式めいた職業。やがて明らかにされるさらに異常な過去の経緯。今はもう何も進行しないことの怖さ・・・短篇集を読むのががよけいに楽しみになった。
 ニコルソン・ベイカー「下層土」は幻想小説というよりも、アタック・オブ・ザ・キラー・ポテトと題されるべきホラー作品で、これがまた面白い!農業機械の博物館とか、妙に洗練されたB&Bとかの道具立てもなんとなくワクワクしてしまう。過不足なくひじょうに気持ちの良いホラーとして楽しみました。
 他に気に入ったのはレベッカ・ブラウンの「魔法」。DVサバイバーの寓話と読んでしまうとえらく図式的にも思えるけど、鎧と面頬つきの兜、手袋とケープとさまざまな装飾品で身体中を覆いつくし決して素顔を見せない“彼女”と呼ばれる空虚な存在のイメージが強烈で、それは何なのか?と永く続く謎をかけられたような感じになる。

 ここに収められた作品は、表題が「どこにもない国」とはいっても"別世界ファンタジー"ではなく、あり得ないような奇妙で不可解な掟が侵入してきて、突然この世界を変容させてしまうことの驚きや怖さを描いたものという印象をうけた。

 唯一、ぜんぜんわからなくてあまり楽しめなかったのはケリー・リンク「ザ・ホルトラク」でした。