薄暮のいろに滲む

中勘助銀の匙』(岩波文庫)読了。

銀の匙 (岩波文庫)

銀の匙 (岩波文庫)

 読んでいない本のことを思い出す、というのも変な話だが、『銀の匙』を読んでいるとつい、子供のころ同級生が読んでいた『夢を追う子』という本を連想するのだった。福音館書店から出ているこのシリーズは立派な造本でお値段が良いうえに、収録作品も格調高いものばかりで、私には縁の薄いシリーズだった。その中でも『夢を追う子』は作者も聞き慣れないし、題名といい、曖昧模糊とした表紙画といい、よけいに手の届かない別世界の本という印象を与えた。果たしてどういう内容だったのか。今の私は自分で買って読んでみることだってできるのだが…
 さらに『銀の匙』が私に思い起こさせるのは『失われた時を求めて』の語り手の幼年時代(←これも読みかけで「ゲルマント」からとんと進んでいない!)。病弱ゆえに真綿でくるむように大切に甘やかされて育つ『銀の匙』の語り手の小さな世界は、どちらかといえば愛すべき「モノ」で満たされていて、人間関係の網目がぎっしり絡んだ感じのプルーストの世界とはけっきょくあまり似ていないのかもしれないけれど。

 幼い語り手を盲目的に溺愛し慈しむ、無学で信心深い「伯母さん」の一途さが哀れで、読んでいて涙が抑えられなくなり(←さいきんそういうのが多いわ。歳はとりたくない)、外出先で読むのを断念。就寝前に少しずつ読むのが夢心地でふさわしい本だった。なかでも後篇の十三ばんめ、《夏は毎日蝉とりにうき身をやつす。》から始まる章の美しさが尋常でない。伯母さんがひたすら求めつづけた阿弥陀さまの世界は、きっとそこにあった。


 ***id:dormirさんから頂いたコメントがきっかけで読みました。ありがとう。