19世紀女性の深い闇

 1873年にショールズ諸島で起こった2女性惨殺事件に関心を持った女性カメラマンが、半ばヴァカンス気分で現地へ赴く。夫とその弟、そのまた恋人が同行するのだが、百余年前の事件が真相をあらわすにつれて、彼女自身をめぐる秘められた危機もまた露わになりはじめる。

 ショーン・ペン出演、しかもビグロー監督という組合せにそそられて観てみました。海洋ホラーではなかった(^^;)
 IMDbのレビューで、現在と過去(19世紀)を往還する構成が"Possession"に似ていると書いている人があって、その原作である『抱擁』を読んでいる真っ最中の私はちょっと驚いた。『悪魔の呼ぶ海へ』はたまたま深夜テレビでやっていたから観ただけで、偶然のめぐりあわせ。たしかにヒロインの夫は詩人で、しかもスランプ気味だしね。過去パートのサラ・ポーリー、彼女が放り込まれた荒涼とした島の暮しの描写や時代衣装も含めて素晴らしい。
 結末近く、マレン(=サラ・ポーリー)は事件の数年後に真相を書き記した手紙を携え、重大な決意と共に判事だか検事だかを訪問するのだが、その手紙も「女性はときどき精神的に不安定になって混乱したことを言いがちだからねー」みたいな感想とともに机の抽斗に葬り去られてしまう。『抱擁』のつい先日読んだ箇所にも、ある女性登場人物(過去パート)の自殺原因について

検死官の診断は女性特有の一時的な精神の失調。<女性が非合理的な気分の激変に見舞われることは、よく知られているところである>と書かれています

というソックリな記述が出てくる。こうやってどれほどの「女の言ったこと・為したこと」が無かったことにされてきたのだろうと思うとクラクラしますね。

 ヒロインを無邪気に、あるいはそう装いつつ破壊しにやってくる「女らしい女」が、現在パートでは、意味ありげに身体をくねらせる他にすることが無い、戯画的なセクシー女性(エリザベス・ハーレイ)であるのに対して、過去パートに於いては「家事はできない(しない)けど簡単に孕む女」(=兄の新妻)であるというのも何か考えさせられてしまう(>何をじゃw)。この義妹がマレンをやや性的ニュアンスの接触に誘う展開があり、この時代のレスビアニスムに(現在とは少し違う意味もあったのか…という点を含めて)さらに注意を惹きつけられた。というのは女性の同性愛は『抱擁』にも現れるし、何よりもこのまえ読んだ『批評理論入門』で、メアリ・シェリーの非常に進歩的な母親が女性とも性的関係を持っていたらしいということや、当時の社会ではそこに階級差という問題も絡んでくるということを読んでちょっと衝撃を受けたので。そういえばサラ・ウォーターズの作品もヴィクトリア朝時代を舞台にしたレスビアン小説だそうですし、ひょっとしたら「定番」なのか?

 もちろんひとくちに19世紀といっても、この映画『悪魔の呼ぶ海へ』が取り上げているのはアメリカへ渡ったノルウェイ移民の話なので、英国が舞台の『抱擁』と同一の背景を持つとは言えないのだが、それにしても19世紀女性の闇は深い…女性心理の暗部!!とかいうことではなくて、抹消されたり塗り込められたりしたものの大きさっていう意味で。