藁糟

 このところ、夜寝る前に少しずつ『皆川博子作品精華 ◆幻妖◆ 幻想小説篇』を読むのを楽しみにしている。ゆうべ「桔梗闇」を読んでいたら、見世物小屋の場面で

五丈二尺の大蛇なんて、紙でこしらえた物なんだから、笑かすねえ。

という台詞が出てきてちょっと驚いた。
 「笑かす」というのは私はあまり好きな言い方ではなく、普段の会話でもなるべく使わないようにしてる*1のだが、それはともかく、関西弁それもわりと最近の人が使いはじめた言い方だと思っていた。「桔梗闇」には「九段の招魂社」が出てくるぐらいなので、ちょっと昔の東京が舞台なのだけど、東京でも以前から使われていたのかしらん?会話文とはいえ、印刷された文字で見ることは少ないように思うので、よけいに意外な感じがした。
 
 そこでちょっと検索したところ、以下のようなページを発見。

道浦俊彦/とっておきの話
この中の◆ことばの話326「笑かす」という項目に、橋本行洋さん(花園大学助教授)の論文を紹介するかたちで、

三好一光編「江戸語辞典」(1971)によると、文久年間(1861〜64年)に「笑かしゃあがる」という言葉が、当時の流行語だったそうです。/明治に入っても、俗語・口語で使われているようです。

「かつて江戸東京において使われていたワラカスは衰退し、近年ではむしろ関西の言葉と意識されている。また関東においては、関西から進出した芸能人などを媒介に新しく入ってきた"関西弁"として、ワラカスが受容されつつあるようである」

と、なんとも興味深いことが書いてあった。
 そうだとすれば、皆川作品で「笑かす」との表現が用いられていたことは、むしろ江戸の匂いをとどめる古い東京らしさ、更にはこの人物(=ねえや)のちょっと俗っぽい感じを伝える、巧みな言葉遣いということになるのかもしれない。

*1:さりながら、「笑わす・笑わせる」とはまた違ったニュアンスがこめられているのもわかるので、使う人の気持ちもわかるし自分もつい使ってしまうこともあり。