「ぼちぼちいこか」の難しさを更に思い知らされ

 先日読んだ尾上圭介『大阪ことば学』の中で取り上げられていた「ぼちぼちいこか」というフレーズの意味について。コメントくださったミハリータさんにとっては思いもよらない用法、私にとっても盲点を突かれたようなエピソードなのだった。(図書館で借りた本なので手元に無いまま、以下はあやふやな記憶にもとづきます。)
 高校野球大会で、近畿地方の某高校の監督が、押され気味の時に選手を集めて「ぼちぼちいこか」と声をかけ、調子を取り戻させた。これを東京のアナウンサーが「あせらずゆっくり行こう」との意味だと解説していたが、それは正確ではない。むしろ「さぁ、ここまではちょっと手加減してやっていたけれど--笑--そろそろ(本気を出して)行くよー」というような、わざと強がってみせて笑いを誘うような含みのある大阪弁独特の言い回しなのだ。・・・
 尾上本に書いてあったのはだいたいそんな内容だったと思う。

pochipochiとbochibochiでアクセントが違う?

 この「ぼちぼち」の2つの意味について読んだ時、私はハッとして、いつも手に取る牧村史陽編『大阪ことば事典』(講談社学術文庫)を繰ってみた。自分がこの言葉を使う時にほぼ無意識に使い分けている2つのアクセントが、果たして根拠がある物かどうか気になったからである。
この本には次のような記述がされている:

ポチポチ(\\ー\)(副)
また、ボチボチ(ー\\\)。ぼつりぼつり。徐々に。少しずつ。ゆっくり。*ボツボツ。
(例)あとからポチポチ行きまっさ。

語の後ろに記してあるのはこの本独自のアクセント記号で、実際にはふりがなのように語の横に印刷されているもの。見出し語のポチポチpochipochi(\\ー\)のほうは第3音(あとのポ)で上がりチでまた下がる。同義語として挙げてあるボチボチbochibochi(ー\\\)のほうは、第2音(最初のチ)で下がってあとはそのまま平らに発音することを示している。
 これをみると、p音とb音のヴァリエーションがあって各々に別個のアクセントが対応しているように見えるが、本当にそんな使い分けがされているのか、私には分かりません(--;)というより、私はpochipochiという言い方は使わないので、こちらがメインの見出し語になっていることも驚き。
 ちなみに、同義語の最後に挙げてある「ボツボツ」は別項として立ててあって、こちらは音としてはbotsubotsuのみ。アクセントは(\\ー\)(\ー\\)の2つが並べて表示してあったのだが、後者は(ー\\\)の誤りではないのだろうか?「ボボツ」て言い方、します?>大阪人の皆さん。あるとしたらそれは《顔にボボツが出来た》みたいな意味になってしまう気がするけど・・・
 また、牧村本では、ぼちぼち=そろそろ、というような意味合いは特に示されていない。徐々に・おもむろに→そろそろ、と派生した用法で、使われ方にはっきりした線引きをしにくいからなのだろうが、ほんとうに区別をしなくていいのだろうか?

2種類のアクセントと、意味の違いは?

 むしろ私の感覚では、2つのアクセントを以下のように使い分けるものだと思っていた。:

  • 例1:夜遅くまで編み物をしている人に「あんまり無理せんと、ボチボチ(\\ー\)にしときや」=ゆっくり、少しずつ
  • 例2:バスの時間が近づいてきたので「さぁボチボチ(ー\\\)出かけよかな」=そろそろ頃合いであるという感じ

 だから、あえて極端な例を作ると、
A:「この仕事、明日の午後納品やから、ぼちぼち(\\ー\)やっといてな」
B:「この仕事、明日の午後納品やから、ぼちぼち(ー\\\)やっといてな」
 文字にすると全く同じであるが、言いたいことはというと
A=(明日の昼までに間に合えばええねんから、慌てる必要無い、ゆっくりやってくれたらええわ)
 に対し
B=(明日の昼には出来てないとあかんねんで。なんぼなんでもそろそろ今日あたり取りかかってくれんと間に合わんのとちがうか?頼むで〜)
 ・・・と、正反対の意味にもなりかねない。もちろん前後の関係や全体の口調、顔の表情なども加わってくるので、たった一語のアクセントが全体をそこまで左右することは実際にはほとんどあり得ないのであるが、少なくともかなり違った意味で使う可能性がある。そこをアクセントで言い分けている・・という考えは、私個人の勝手な思いこみだったのかな?かなり自信が無くなってきますた。

大阪弁の達人でも

 『大阪ことば学』を返却したついでに、図書館で方言関係の棚を眺めていたところ、NHK大阪放送局のベテランアナウンサー、佐藤誠さんの本を見つけた。佐藤アナウンサーは、番組によっては大阪弁を用いて放送することで知られている。

(たぶんこの本だったと思うのですが↓)


 目次でたまたま「ぼちぼち」の言葉が目についたので該当ページを開いてみたところ、先述の高校野球の監督が・・・というエピソードがちらっと紹介されていた。これも斜め読みした記憶頼みだが、佐藤さんは「あわてずゆっくり行こう」に類する解釈を採っているようだった。大阪人だから・大阪弁を非常に良く理解する人だからといって、受け取りようがひとつとは言い切れない、ちょっと微妙な言い回しであることの証しではないだろうか。
 佐藤アナウンサーはおそらくこのエピソードを文字を通じた伝聞で知って、自分の本に書かれたのだと思う。監督の発言をナマで聞いていたら、別の解釈(=尾上説に近い)をしていたかもしれないし、それでも解釈は変わらなかったかもしれない。
 これも想像だけど、尾上本にとりあげられた「東京のアナウンサー」も、その監督の言葉を直接自分の耳で聞いたわけではなく、おそらくベンチリポーターとかいう係から回されてきたメモを元に話したとか、伝聞に近いものだったのではないだろうか。もし仮に実際に自分の耳で聞いていても、いったんその場でメモに書き留めて、あとで文字を見直した場合、その時感じたはずのニュアンスを忘れてしまい文字に引っぱられた解釈をしてしまう可能性もあると思う。もちろんたとえナマで聞いたとしても、「東京のアナウンサー」が尾上説のような意味合いをそこから汲み取れたかどうかはわからないけれど。
 やはりこの件は、「どういう言い方をしはったんか、その場で聞いてみんことには分からんわ*1」というしかないのでありました。

*1:ほんまに「ぼちぼちいこか」やったんか、「行くデ」やなかったんか、とかそもそもその辺りからして怪しい気がしてきた。