つまらなくなった男、ジークフリート

石川栄作『ジークフリート伝説』(講談社学術文庫)読了。

 5〜6世紀にライン河畔でその原型が生まれ、北欧に伝播し、ふたたびドイツで形を変え発展した伝説の変遷を詳しくたどる書。
 13世紀頃に、有名な中世英雄叙事詩ニーベルンゲンの歌』としてまとまった形になって以後、やや忘れられかけた時期を経てジークフリート伝説が復活するのは18世紀後半から。民族的伝統に着目したドイツ・ロマン主義運動と、ナポレオン侵攻に対して民族思想・愛国精神が高まったという政治的背景のためとされている。でも内容的には純ドイツ製というわけではなくて、北欧神話と混淆しつつ生き続けたというところが面白い。
 時代が下って、ワーグナーの『指環』四部作に出てくるジークフリートは、「自分は誰なのか、どこから来たのか」と問うような近代的?なキャラクターになっている(それはすなわち「通俗」という感じにもつながるんだけど)。荒削りで原初的な伝説に基づきながら、ワーグナーが大胆に近代的な物語へと作りかえているのが分かり、それはそれでみごとなものだなと思う。

 私の印象に残ったのは、ジークフリートが暗殺されたことを知った正妻(?)グリームヒルトの叫び声を聞いて、ブリュンヒルデが高笑いするという場面と、のちにフン族の王エッツェル(アッティラ)と再婚したグリームヒルトが、兄弟の復讐のために我が子の心臓をエッツェルに食べさせるというところ。前者はワーグナー作品にまで引き継がれるモチーフのようだが、後者は古い時期の伝説にしか出てこないエピソードで、『王女メディア』を連想させる。いかにも古色が感じられて好きなのだ。ジークフリートの性格にしても、『ティードレクス・サガ』に出てくる、怪力の乱暴者という人物像(九日分の食糧を一気食いしたり、自分を裏切った育ての親を試し斬りにしたり)のほうが、騎士然としたものよりも心惹かれる。