未来からの巨大生物

 『ジョン・ランプリエールの辞書』読み中(文庫版上下巻のうち上巻のみ読了)。

ジョン・ランプリエールの辞書 (上) (創元推理文庫)

ジョン・ランプリエールの辞書 (上) (創元推理文庫)

 そこに、失踪した貿易船長ニーグルの未亡人というのが登場し、船長が巨大鯨を目撃したとして次のような話が出てくる:

(...)それで、体長が百フィート近くあったと説明して、ようやくみんなの意見が一致したの、そいつは鯨の中でも最大のシロナガスだって。


 ここを読んだ時に思い出したのが、またまた『白鯨』(未だ読了セズ)の「鯨学」の章。語り手がさまざまな鯨の種類を、その大きさ順に分類してみせる箇所で、その一番手に挙げられるのが《スパームホエール・抹香鯨》。

かれは疑いなくこの地球上最大の住人。
------(講談社文芸文庫『白鯨(上)』(千石英世訳)336ページ)

と断言されているのだが、その後にカッコ付き訳注で

(今日では白長須鯨が最大であると知られている)

と添えられている。ちなみにこの「鯨学」の分類では、私たちがシロナガスクジラと呼んでいる《サルファーボトム・硫黄腹鯨》は6番目に登場する。


 この(今日では・・・)という訳注はちょっと曖昧で、

  • (A)単に、語り手イシュメール或いは作者メルヴィルの知識が正しくなかった
  • (B)『白鯨』執筆当時は、白長須鯨が最大であるという事実は未だ人類に知られていなかった

のいったいどちらなのか?と、『白鯨』のここ読んだ時から思っていた。
 上記(A)なのであれば別にどうということもなし。『ジョン・ランプリエールの辞書』の作中年代は1788年。『白鯨』が書かれたのは19世紀中頃なので、仮に(B)だとするとちょっと面白い矛盾があることに・・・


 てなことを考えつつ、『ランプリエール』下巻に付いている訳者あとがきをパラパラと眺めたらば、

(...)語りの時間軸はばらばらに解体され、過去・現在・未来がジグザグ模様を描くように縦横無尽に反復される。作中の楽譜に見られるようなアナクロニズムとて何ら不都合はないと言いたげだ。(太字強調は引用者)

というくだりが目に留まった。なるほど、上巻に一カ所楽譜が載っていて、誰もが知る有名な旋律が書かれていたのだけど・・・そういえば1788年には未だ作曲家も生まれてすらいなかったのか!そこは教養不足で全く気づきませんでしたー
 というわけで、シロナガスクジラの件も、もしかしたらわざと仕組んだネタなのかも。思った以上にふざけた小説なのだった。