匂い立つ14世紀ロンドン

 ポール・ドハティー『毒杯の囀り』(創元推理文庫)読了。

毒杯の囀り (創元推理文庫)

毒杯の囀り (創元推理文庫)

 
 「修道士アセルスタン」を主人公とするシリーズ第1作。カバー画は『ジョン・ランプリエールの辞書』と同じく建石修志。邦題&原題"The Nightingale Gallery"(小夜鳴鳥の廊下)とならべると、いかにも衒学的で耽美な気配が漂うのですが、期待に反して中身は死体と汚物と悪臭でいっぱい。アセルスタンの相棒である検死官ジョン・クランストン卿は大酒飲みでしじゅうゲ●プ&オ●ラしてるし。帯のうたい文句「絢爛たる舞台」ってこういうことだったわけ!?

 そんな猥雑で、豪奢と貧困・高慢と悲惨が入り乱れるロンドンをこの二人組がひたすら縦横に探りまわって、特権階級の秘められた陰謀を暴き偽装殺人を解決するというお話。思ったよりは地味な絵柄で物語は展開するが、最後には薄紫色に染まった(--;)真相が明らかになってちょっとだけ最初の想像に近づいた。
 修道士カドフェル(12世紀英国を舞台とするシリーズの主人公)は一応いろいろあった人生の最後に修道院へ入ることを選んだ年配者という設定だけれど、こちらのアセルスタンはまだ20代の青年で、検死官の書記(助手)という現在の任務も修道院長から命じられたモラトリアムのようなもの。教区民である美しい未亡人ベネディクタに心騒ぐ場面もあり、これがたぶんシリーズを通してはらはらさせることになるんだろう。

 ところで、殺された富裕な金融業者たちが属していた秘密結社っぽい組織の名前が〈富者(ダイヴズ)の息子たち〉というのだが、ダイヴズは『白鯨』(←こればっかり言ってるな私)の第2章「旅行鞄」にも出てくる、貧しく病んだラザロを極寒の戸外へ閉め出して暖かな部屋で過ごすお金持ち。『白鯨』には

かれは真っ赤な絹のガウン(かれはのちにもっと赤いのを買ったのだが)を羽織って(講談社文芸文庫版、上巻p.76)

と、ちょっと謎めいたことが書いてあるが、もとになった聖書のほうでは

紫の衣や細布を着て、(「ルカによる福音書」第16章)

と、色が違っているのはなぜ?