はかなさをかたどったお菓子

 A.S.バイアット『抱擁』のなかに、イル・フロータント*1(浮き島)というお菓子が出てきました。先日kinutさんが写真付きで紹介しておられたところだったので、おかげで「あーあのお菓子か!」とはっきりイメージできましたよ。

ブルターニュ滞在中に、ローランドは浮き島(イル・フロータント)という、かすかに甘味のある、白みがかった、冷たいプディングのとりこになった。それはヴァニラのカスタードの淡い黄色の湖に漂う白い泡の島で、わずかに甘味の亡霊(おもかげ)がさまよっていた。二人が慌ただしく荷物をまとめて、イギリス海峡へと車を向けたとき、彼はこのプディングを後になってどんなにか懐かしがることだろうと思った。あの味もいずれは記憶の中で色あせ、消えていくのだろうかと。(新潮文庫『抱擁 II』384ページ)

 この時、主人公たち(ローランドとモード)は、研究対象である一九世紀の詩人の足跡を追って英国からブルターニュへ旅しているのですが、お互いが特別な存在であることはもはや否定しようもなくなっていて、しかし世間でいわゆる一線を越えたという間柄ではなく、魔法にかかったような空白の時間のなかにいます。そんな宙づりの状態をこのお菓子が象徴しているのかもしれません。オトナの恋に詳しいkinutさんは、この小説読んだかな?

抱擁〈2〉 (新潮文庫)

抱擁〈2〉 (新潮文庫)

*1:英語ふうに発音するとそうなるのでしょうか?