プレイバック1980年辺り

『「プガジャ」の時代』読了。

「プガジャ」の時代 (新なにわ塾叢書1)

「プガジャ」の時代 (新なにわ塾叢書1)

 これ読んでみて、1983年1月号以降のB5サイズになってからのプガジャというものが、ほとんど自分の印象に残っていないことに改めて気づいた。『ぴあ』に乗り換えたのは『プガジャ』が無くなっていよいよ『ぴあ』を読む(というか使う)しかなくなってからだったと思うので、最晩年に近い『プガジャ』だって読んでいたはずなんだけど。

 収録されている表紙画像を見ると、はっきり「この表紙、おぼえてる」という感じがあるのは1979年〜80年ごろのものだ。自主上映(=死語)なんかのスケジュールを知るのにせっせと利用していたのは、むしろもうちょっと後、大学に入ってからのほうだと思うのだけど、やはりB6サイズの手に持った感じとともに、情報に(そしてとにかく出口に)飢えていた高校時代の印象が強いということだろうか。
 ただ、本書109ページに載っている村上知彦氏+橘川幸夫氏の対談ページ(81年9月号)は「あーッ、これ見た見た見た」と叫びたいくらい見覚えがあった。おかしなもんだ。その他にも、ミュージシャンや演劇関係の人名、店名など、じっさいに現場で見聞きしたわけではなくても何となく固有名詞が頭に入っているのは、やっぱり『プガジャ』で見てたからなんだなぁと思う例がいっぱい出ていた。
 それと、私にとっては『プガジャ』本誌以上に、単行本『京都青春街図』が懐かしくてたまらない。綴じがバラバラになってしまってずいぶん前に捨ててしまったけれど、もったいないことをした。オクテの高校生だった私はあの本をめくっては、実際にはなかなか足を踏み入れられないライヴハウスやロック喫茶に対する妄想をせっせとはぐくんでいたのだ。あれだけはもう一度欲しいと思う。たぶん『プガジャ』を毎月購読するようになる以前に『京都青春街図』のほうを読んでいたんじゃないかしら。実はあの本と『プガジャ』に関係があるということは、これまで認識してなかった(確かにテイストは似通っているけれど、それは時代に因るものだと思っていたので)。本書の注記によると、『青春街図』シリーズはプガジャの出版部門に当たる姉妹会社「有文社」から発行されていたということなので、『プガジャ』との関係はぱっと見てもわかりにくかったのかもしれない。

 それから、B6サイズ最後の号に《表紙の言葉》を執筆していたり、中島らも『啓蒙かまぼこ新聞』単行本の解説を書いていたりと、意外に『プガジャ』周辺と縁が深かったことがわかった、あの人:

風の歌を聴け (講談社文庫)

風の歌を聴け (講談社文庫)

1973年のピンボール (講談社文庫)

1973年のピンボール (講談社文庫)

 ということは、これら↑こそまぎれもなく「『プガジャ』の時代の本」やん?ということで、ずっと敬遠してきたけど、ついでに読む。