正義にふさわしい顔


 国防総省軍事アナリストだったダニエル・エルズバーグは、自身の目でベトナム現地の状況を知ったことから、しだいにこの戦争に疑問を持つようになる。同じくベトナム戦争の行末に懐疑的になったマクナマラ国防長官の指示により一切の経緯が記録された機密文書「ペンタゴン・ペーパーズ」の内容を、職務上知り得たエルズバーグはこれを秘かに持ち出し数ヶ月がかりでコピーを取る。


 これさえあれば世間は驚きすぐに動くだろう、とエルズバーグは考えたのだが、戦争反対派だったはずの議員たちもことのあまりの重大さにかえって反応が鈍かったりして、けっきょく先にジャーナリズムに流出させることになる。最初ニューヨーク・タイムズに掲載→差し止め命令→ワシントン・ポスト紙が続きを掲載→差し止め→続きはまた他紙に…と、リレー方式で情報"漏洩"が止められなくなるところがすごく面白い。日本だったらどうだろう、可能(だった)かしら。
 最後にはどこも載せてくれる社が無くなってしまうのでは、と心配したエルズバーグは、他の件でたったひとり議事妨害演説をしていた議員に文書を持ち込んで、読み上げてもらう。(前にテレビドラマの『ザ・ホワイトハウス』でも見たおぼえがあるけど、議事妨害のために長い長い演説をする時って何をしゃべってもいいんですね。たしか料理本のレシピを延々と読み続けるというところを見たように思う。)
 これがドラマだったら面白いが、じっさいには情報を持ち出したエルズバーグ本人よりもむしろ、渡され知らされてしまった側のほうが深刻だったろう。公表に荷担するとしたら、ほとんど命懸けの行為になる。新聞社も苦悩し、議員は会見で泣いていた。


 映像を見ていて思ったけれど、エルズバーグは知的で洗練された雰囲気のハンサムで、奥さんもすごく美人(最近のインタビュー映像でもさらに美しい老婦人)。騒動のさなかにテレビのトーク番組にエルズバーグが出演した場面があったが、そこにやはり「彼がもっと地味な男だったらこれほどの話題にはならなかっただろう」というコメントがかぶせてあった。権力を濫用し国民を欺いた上層部の“醜さ”を、彼らの清新なルックスがより強烈に印象づけたであろうと想像する。彼が英雄扱いされる風潮に心底ガマンならない、という感じで激怒しているニクソン大統領の声の録音テープが再生されるが、やっぱり容貌に対する嫉妬憎悪もあったんではないかな、ニクソンの場合よけいに?
 この事件の判例が、その後の「報道の自由」に対して非常に大きな役割を果たしたという事実と合わせて、アメリカの政治だけでなくメディアにとってこそ重大な出来事だったんだなと思った。


 追記:“The Most Dangerous Man in America”はアカデミー賞のドキュメンタリー部門でノミネート作になっているらしい。たぶんこの番組と同じ物だと思います…エルズバーグ本人のサイトにtrailerがあるので要チェック→