見続けることの悪夢

パトリック・マグラア『失われた探検家』(奇想コレクション/河出書房新社)読了。

失われた探険家 (奇想コレクション)

失われた探険家 (奇想コレクション)


 訳者あとがきによれば《最近では、長篇作家としてすっかり評価が定着し》《創作活動の重心を長篇に移してから、短篇はあまり発表しなくなった》というマグラアの、これは全短篇集。前に出た短編集(私は図書館で借りて済ませたやつ)も丸ごと収録されていて、たいへんお得な一冊。


 そういえば私も、すっかり忘れてるけど『グロテスク』と『スパイダー』の二つの長篇は読みました。いずれも、実生活では絶対にお目に掛かりたくないタイプの明らかに異常な語り手が、絶対的に自分が正しいという確信に満ちた態度で延々とイヤな話を語る、といった感じの作品(たぶん)で、語り手自身は常にイライラしているようなのに、なぜか作品そのものはイライラさせられることなくわりと読み心地良く楽しく読めてしまうというのが、マグラアの流麗なる長篇の不思議な美点だと私は思う(翻訳もたぶん良いのだろう)。
 でも、私が初めに(たぶんどこかのアンソロジーで読んで)気に入ったマグラア作品は、この本にも収録されている「監視」という短篇。ベンサムのエピソードに始まり、驚愕のオチで終わるこのすっきりした作品で、マグラアの名前は私の頭に刻みつけられた。今回ひさしぶりに再読してみて、やはりこの感じは好きだなぁ。他の収録作もそれぞれに好もしいものが揃っていて、《短篇はあまり発表しなくなった》というのはちょっと惜しいんじゃないのと思ってしまった。


 「天使」「黒い手の呪い」のように幻想的あるいは超自然的な存在や出来事を題材にした作品もあるが、やはりこの作者に特徴的なのは、偏執狂的にわたしだけに真実が見えていると信じ込み行動する語り手が生み出す物語だろう。「監視」はもちろん、「悪臭」「吸血鬼クリーヴ あるいはゴシック風味の田園曲」や「もう一人の精神科医」などもそうだ。

 「もう一人の精神科医」に出てくる、

人間とは常に微細なメッセージを発しているものであり、(...)精神科医は、職業として、はなはだしい場合は生まれ持った気質として、そうした信号に波長を合わせる。(...)そもそもそれが精神科医の仕事なのだ。

とか、

マーガレットがスピーゲルの患者になってわずか一週間ほどで、私はその変化に気がついた。(...)訓練されていない者にはわからないだろうが、その外見も、精神状態も、すべて臨床的抑鬱の状態を示していたのである。

などのくだりに端的に表れているような、過剰な読み取りという業病みたいなものが作中に蔓延している。訳者あとがきに《マグラアの短篇は、ほとんどが「腐敗」をモチーフにしている》とあるが、そのとおり、要するに世界は単に腐っていく肉に過ぎないのに、そこについ何かを読み取ってしまうことの哀しみが、マグラアの幾つかの作品には漂っている。
 もちろん、そういう一連の“妄執もの”とはちょっと異なる、「天使」「血の病」のうっとりさせる異国的な幻想味、「マーミリオン」「血と水」の豪奢なゴシック感も美味なり。


 あと、読みそびれている長篇『閉鎖病棟』、文庫で復刊してもらえんかのぅ…

閉鎖病棟

閉鎖病棟