帰ることを諦めて


 これまでに読んだ本でいうと椎名誠の『武装島田倉庫』に雰囲気が似ている。最終戦争・・・ではないかもしれないけどとにかく何かが起こってしまった後の、終わった世界をただ静かに生きている男が主人公だ。
 どこか悲しいまでに懐かしい町。実現する前に頓挫してしまった火星計画、廃れたテーマパーク、誰も憶えていないあの災厄・・・はっきり思い出せないことが多いのは、忘れなければ生きていけないことが有りすぎるから。


 ここには、大阪万博阪神大震災をその身で体験した関西人の記憶が、無惨に変態した姿で生きている。帰りたい町があるのだけどどうしても行き着けない。あるいは住み慣れたはずなのにいつまでも見覚えのない町。1970年からずっと夢を見続けているのかもしれないし、1995年からずっと現実を喪失しているのかもしれない、そんなもどかしさ。白いタイル貼りの円環状の廊下をどこまでも逃げていく悪夢の感触までが、自分のことのように迫ってくる。最後には主人公の「よりどころの無さ」の理由が明らかにされたかに見えるのだが、救いはほんわかとした妻の存在だ。こうやって生きていければ・・と願いたくなる切なさがある。


 以前から気になっていた作家ですが、今回『SFが読みたい!』がきっかけで初めて読みました。期待した以上に、その「懐かしさ」がピタッとはまりました。この人の他の作品も読んでみたいと思います。