山田花子を苦しめたもの

石川元『隠蔽された障害 − マンガ家・山田花子と非言語性LD』(岩波書店) 読了。


 子供時代にいじめられたり虐待されたりした経験を、思い出す(まして具体的に言葉にして説明したり記録したりする)ことは非常に辛いはずで、「思い出したくもない」「忘れたい」と思うのも当然のことだ。一方で、それを敢えて思い出し、表現することで乗り越えるという考え方もあるようで、“やっとあの頃の事を話せるようになりました。”的な言い回しが、いわゆる「トラウマ」をついに克服した勝利宣言のように語られ、賞賛される場面も見聞きする。
 しかし、思い出すさえ辛いことを、忘れたつもりになったり封じ込めておけるということは、一面では健全な防衛能力のはずで、私なんかは自分の恐るべき忘れっぽさのいくぶんかは、そういう必要に迫られたもの、と都合良く解釈することにしている。


 1992年に自殺したマンガ家・山田花子は、死の直前には(当時の病名で)精神分裂病と診断されていた。そのこととは別に、著者は彼女がもともと非言語性LD(学習障害:この用語の使われ方について議論もあるようだが、正直言って本書のその部分を読んでも私にはよく解らなかったのでとりあえずこうしておく)だったのではないかと推測している。
 そんな彼女が、子供時代からずっと周囲になじめず馬鹿にされいじめられ、屈辱感にまみれ続けた思い出を、執拗にマンガ作品に描き日記に書き付けていたその営為が、傷ついた心を癒すどころかかえって悲劇的な結末につながった可能性を示唆するくだりを読むと、上記のような「積極的トラウマ克服物語」を(反感も抱きつつ)そんなものかなと半ば信じていた自分に、冷や水を浴びせられたような気分になる。

不当な扱いへの思いが、(...)(作品にして昇華するという)第二関門を突破したとしたら、狂気(被害妄想)か破壊(自殺)の世界しかないのかもしれない。『ガロ』の与えた表現の自由は、「判然としない不当な扱いへの思い」を一部雲散霧消したと同時に、現実の枠を破る行動化へのプロセスを賦活した可能性もある。

 ここで「『ガロ』の与えた表現の自由」とされているのは、他の商業誌では採用不可能とされるほか無いような、みもふたもなく「差別」を扱った陰惨な作品が『ガロ』には掲載できたことを指している。しかし、もし『ガロ』(でさえも)がそれらの表現を却下したとしたら、山田花子が子供時代からの思いを描かなかったのか、そして(例えばしだいに忘れるとか)もっと穏やかな解決ができたのかというと、それができないことが山田花子の「障害」の一側面だったのではないか。この世界で起きる矛盾しっぱなしのあらゆる物事を適当に丸め込んで納得できる一般人と違い、「うらおもて」があるというそのこと自体、(許せないとかのレベルではなくて)全く理解できないし、どれもこれも不当で受け入れられない、ある意味とても真っ当な「脳」で、絶え間ない苦痛とともに山田花子が生き続けた・・・のだとしたら。


 同様の障害を持って生まれた子供たちの多くが、知能は正常で言語能力も高いばかりに、「障害児」としての適切な援助の手を差しのべられることなく、単なる「個性」あるいは「問題児」として放置されてきた。そんな状況を変えるために筆者は活動しているという。しかし、そのような問題を抱えた子供が早期に発見され診断されたとして、では具体的に専門家たちが彼らに何をしてあげられるのかは、本書を読んだだけではよく解らなかった。山田花子の苦しみは死をもってしか鎮めることができなかった。人間が人間社会で生きていくことそれ自体の怖ろしさを、グロテスクに露呈させる彼女(たち)の生が、どのように救われ得るのか、知りたかったのだが。


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追記:この感想を書きかけてから、本書が絶版にされていたことを下記リンク先(2003年11月のエントリー)で知った。山田花子が亡くなった当時はどこかでその話題を目にしたものの、その後のいろんな関連出版も、この絶版問題も全く知らなかった。例によって鈍なこと>自分。本書を読んでいる間は、「遺族はよくぞこれだけの事実を公表することに同意したな」と思ったが、やはりそれほど単純な事情ではなかったらしい。