ハコ覧会

アレン・カーズワイル『驚異の発明家(エンジニア)の形見函』(創元推理文庫)読了(5/18)。
驚異の発明家(エンヂニア)の形見函〈上〉 (創元推理文庫)

驚異の発明家(エンヂニア)の形見函〈下〉 (創元推理文庫)

驚異の発明家(エンヂニア)の形見函〈下〉 (創元推理文庫)

 分量・雰囲気ともども同文庫から出ている『ジョン・ランプリエールの辞書』を連想させる。じっさい、本書のカバー袖には『辞書』の広告も出ているし、ヴォーカンソンの自動人形という共通の道具立ても登場する。『辞書』のほうは読みとおすのにやや苦しい思いをしたので、これも重いかしら…と心配しつつ手に取った。しかし読み始めると、オークションに出された10の仕切りのある不思議な函から語り始められる物語に、するするとここちよく吸い込まれていく感じで、気持ちよく読み進んでしまった。

 珍しい黒子の除去手術という名目で指を一本失ったものの、手先が器用で想像力ゆたかな主人公のクロード、その彼を見込んで自らの博物趣味と好奇心の世界へ誘い込む鷹揚で変わり者の地元の領主《尊師(アベ)》様、陰気で冷酷な胃病持ちの書籍商リーヴル氏、大食漢の馭者など、登場人物がどれも印象鮮やかで脳内キャスティングが浮かびやすい。素朴なトゥールネーの村*1から雑踏のパリへ、革命直前の人々や風景がまるで眼に浮かぶように(見たことないけど)素直にハラハラしたり笑ったりできるドラマチックな展開の物語を取り巻いて、夥しい書物と知識とガラクタがびっしり詰めこまれている感じで、私の頭でも楽しめる仕立てになっていた。主人公たちが秘かな稼業として手がけるエロティックなエナメル細工の懐中時計とか、リーヴル氏の独特なポリシーで並べられた書店の棚とか、見てみたいものです。続編の『形見函と王妃の時計』も文庫化して欲しいなあ。

 これを読み終わった翌朝に杉本博司の『歴史の歴史』展を観に行ったら、これがまさに「函」のような展覧会で*2、その巡りあわせに、わざとらしく驚いた私なのだった。

*1:さいしょ「トゥルネー」と聞くとアンサンブル・オルガヌムの『トゥルネーのミサ』を思い浮かべたのだけど、そちらはTournai(現ベルギー)で歴史的に変動激しい土地。物語当時だと、ハプスブルグ朝オーストリア領だったようだ。フランスにもTournayという土地があり、こちらが小説の舞台らしい。

*2:物理的にもたくさんの函(箱)があったし。ただし、クロードが失意と、微かな安堵と充実感のうちに選び組み上げた函とは違って、どうだいっ?!という得意満面の函