“収集曼荼羅”=杉本博司『歴史の歴史』展

 まっさきに私の頭に浮かんだ下世話な疑問:アーティストって言ったらまさかお金持ちではあるまいに、これだけのコレクションを購入するお金はどこから?……だったのだが、杉本氏は写真で超有名になる前に〈ニューヨークで骨董の商いをされていた〉(美術館ニュースより)という一文により、「あー骨董の商いね、ナルホド」と微妙に納得。
 ところで私は杉本氏の作品といっても、新聞の展覧会情報でとりあげられていた時に写真で*1見ただけで、実作に触れるのは今回が初めて。コレクションしたものを見せる、ということの意味自体も未だにピンと来ないけど、写真に撮るということもコレクション行為の一種なのだとしたら、この展示は「真3D写真群を観た」と思っとけばよいのか。


 一番面白かったのは、「放電場」と題された一連の作品。〈暗室内での写真乾板への直接放電〉によって描き出された、この世のものとは思えない奇妙でドラマチックな模様(?)が、ライトボックスの上に浮かびあがっているのだが、それが長方形の大部屋を縦断するように立つ何本かの柱に掲げられている。部屋の端には、鎌倉時代の雷神像が古木材を建てた上に載っていて、あたかもその雷神が放ったエネルギーが部屋を縦断して次々に放電図を描出したように見える。そして部屋の反対側の端は壁面が鏡張りになっていて、電撃の終着点で鏡がみごとにひび割れているという位置関係。ほんとに雷の一撃が部屋を縦断したみたいで面白いのと、放電がつくりだす模様が、目に見えない電気現象によって得られたものとは思えないように生々しく、まるで古代に生息していた幻の生き物が姿を現したようで、(最初の部屋に展示されていた)化石群とおなじくらいマジマジと見つめてしまった。*2
 それから、18世紀のジャック・ゴーティエ・ダゴティの解剖図コレクション。人体筋肉の奔放な(笑)展開されぐあいに驚くと同時に、ちょうど前日までずっと読んでいた『驚異の発明家の形見函』と時代的にも重なるので〈好奇心の時代=18世紀〉が実感され、きっと小説の中の《尊師(アベ)様》の蔵書にも含まれていてクロードも閲覧したに違いない、とか想像して楽しかった。

 帰ってからリーフレットを読んでいたら、杉本氏は化石のことを「前写真的時間記録装置」と呼んでいると書いてあったので、リアル人体を写し取ろうとする熱情あふれる解剖図も含め、コレクション欲<=>写し欲・複製欲でもあり、それらが何回も重ね合わさった展覧会なんだと思った。

*1:「「写真の写真」の写真」てことになるのか?

*2:ちなみに、雷神を背後からじっとり見ていたマルセル・デュシャンのことは知らないので、私には意味ちょっと不明