後半、うって変わって陰惨

 アガサ・クリスティ『親指のうずき』

 1日で読めてしまうこのスルスルさ加減…さすがクリスティ。

 本作はトミー&タペンスの「おしどり探偵」ものであるにもかかわらず、強引に(現ミス・マープルである)ジェラルディン・マクイーワン版のシリーズでTVドラマ化されている。不自然にマープルを入れ込んだ結果、タペンスの性格づけまで改変されてしまっていることに対する不満・批判が多かったようだ。
 私もTVドラマのほうを先に観てるんだけど、ミス・マープルが出てくること以外に、お話じたいもずいぶん原作と違っていたような気がする(<例によって憶えていない)。原作クライマックスでの、不思議な屋敷のからくりが展開し、真犯人の正体が露見する部分のゴシックホラーめいた緊迫感ある場面は、映像にはなっていなかったと思うんだけど。


 これまた余談だが、私の読んだハヤカワ・ミステリ文庫は1976年初版・1998年に増刷された版である。《ひどいかなつんぼで、半分めくらで、リューマチでびっこをひいている》という凄い表現が使われたまま、(よくある巻末のお断り書きもなしに)増刷されているのはちょっと意外だった。2004年にはクリスティ文庫に入っていて、訳者名は同じく深町眞理子さんとなっているが、さすがにちょっと改訳されているのではないかしら。


 そういう単語レベルの問題は措くとしても、本作にはたとえば

じつはここの警察は、以前から彼女の亭主のエイモス・ペリーが、むかしあった連続少女誘拐殺人事件の犯人じゃないかと疑ってるんです。彼はあのとおり知能にやや欠陥のある男です。医者の意見では、ああいうタイプの人間は、容易に子供を殺す衝動を持ちうるということで、

というような、執筆当時の認識としては当たり前だったのかもしれず現在でも大っぴらには言われなくても共有されているかもしれない偏見が露骨に表明されている箇所もある。また、真犯人が殺人を繰り返していた動機とされるものも、偏見を招きかねない内容になっていて、人によってはあんまり読み心地の良いものではないだろう。さいしょのほうは主にタペンスの言動がかもし出す、楽天的でサバサバした雰囲気を楽しめたが、読み終わってみればけっこう陰惨なダークサイドのお話だった。そもそも私、多数あるクリスティ作品の中でどうしてこれを「読むリスト」に入れてたのかな。単にドラマで観たからかしら。