悪役顔が好き


 マッツ・ミケルセン見たさで。【京都シネマ】では昨日から『偽りなき者』もやっていて、理論上はきょう一日でマツミケ祭も可能だったのだが、気力体力的に無理と判断しました(涙)。


 私はこういう、人でも殺してるんじゃないかというような顔の俳優が好きだが、それでもこの人が《最もセクシーな男性》に選ばれるデンマークという国はやっぱりちょっと変だと(この映画をみた後でも)思った。そういう怖い顔の男優が思いがけず主役の恋愛映画、という点ではハーヴェイ・カイテルの『ピアノ・レッスン』と並んで個人的に記憶に残りそう。


 あらすじを聞いた限りでは、王妃カロリーネと王の侍医ストルーエンセの許されざる悲恋物語…と思いがちだけど、実際に映画を観てみると、最も悲劇的なのはむしろデンマーク王クリスチャン七世(先の2人は、それぞれ気の毒とはいえ、たしかに自業自得ではあるわけだし)。信頼した侍医が妃を寝取ったとわかっていても、心の通じる相手でもあったストルーエンセを手放してまた孤独に突き落とされることは受け入れがたい。ストルーエンセに「また狂気を演じても孤立するだけだ」と諭されて彼と固く抱き合う場面は、『イースタン・プロミス』の最後にヴィゴ・モーテンセンヴァンサン・カッセルが演じた男同士の抱擁みたいに、片方の弱みにつけこむイヤさと真情とが綯い交ぜになった甘苦いシーンだ。クリスチャン役のミケル・ボー・フォルスガードは、ただ奇矯なだけではなく難しい立場や無力感に迷い苦悩する王という面をよく出していたと思う。劇中劇として出てくる『ハムレット』が彼の姿に重ねられている。


 描かれている時代を反映したバロック音楽と、ロマンティックな曲調とが巧みに使い分けられた音楽もすばらしい。バロックオペラ上演のようす、舞踊の場面も盛り込まれている。宮廷のバロックダンスって抑制的でドキドキする…


 ラストシーンは、カロリーネが宮廷に残した二人の子供、王太子フレデリク(クリスチャン王の子)王女ルイーセ(実はストルーエンセの子)が、届けられた母の手記を読み終え、父王の部屋へやってきて窓を開け放つ。すると力なく椅子に身体を沈めていたクリスチャン王にむかってパッと明るい陽射しがさしこむ、というまことに象徴的な場面。そして字幕で、やがてこのフレデリクがついに実権を握って再び改革を進めるというその後の史実が紹介される。クリスチャンとカロリーネの結婚は幸福ではなかったが、彼らおよび次の世代がデンマークenlightenmentをもたらすきっかけになったことを印象づける場面であった。

**ヨハン・フリードリヒ・ストルーエンセ - Wikipedia  《イギリス映画「独裁者」(The Dictator、1935年)はストルーエンセを巡るドラマを主題としている。》←ちょっと観てみたい