エルサレムでフロイトを読む(…わけではない)

グレアム・ジョイス『鎮魂歌(レクイエム)』(ハヤカワ文庫)読了。

 これは幻想小説とされているのだが、次々現れるヴィジョンはどれもけっこう恐ろしくて、もし映像化されればホラー映画と呼べそうな気がする。それに全く予想しなかったけどセックスが重要な要素になっているので読んでちょっと驚いた。逆に、死海文書とか「幻の書」的なものに心惹かれて読み始めるとガッカリかも…出てくるのは切れ端だけだし、むしろここでの書物は、絶えず改竄される世界の隠喩みたいな感じ。小説の中に溢れるイメージは濃厚だけど、文体は暑苦しくはなくて読みやすい。

 イスラエルのラビン首相とPLOアラファト議長が会談した1993年の現実と、いくつもの幻影が重ね描きのように二重写しされる。争乱の都市エルサレムのあちこちに潜んでいる不気味なジン(魔物)の姿。
 (そこを占有することの)正当/正統性が争われ続ける地であるエルサレムで、聖なる書物の正当/正統性をめぐる訴えが聞こえる。歴史が隠蔽され書き換えられるように、男によって隠蔽され抹消された女が、再び承認を求めて入れ替わり立ち現れる、いにしえの女も、つい昨日の女も。

 女友達がまたいかにも都合が良すぎる感じのキャラクターなのと、フロイト派のセラピーセンターが主人公の問題にまで直接関わってくるところがちょっとイヤだった。それに主人公は、けっきょく何を受け入れたのか。どの女も否認されたままのような気がするんだけど。