曖昧な国境、交感する魂

佐藤亜紀『雲雀』 読了。

    • 収録作:「王国」「花嫁」「猟犬」「雲雀」

 長編『天使』の前後に位置する連作短篇集。主人公は同じなので、こういうのはスピンオフと呼ばないんでしょうね? いずれにせよ、「書き手はこういうのを書いてる時がたぶん一番楽しいんだろうなぁ」と思わせるような、いつまでも続けて欲しいような、そういう感じの作品群なのだ。


 このうち一番映像喚起力を感じたのは「王国」で、 冒頭の戦場の描写に臨場感があってすぐに引き込まれ、(大戦闘があるわけではないのに)戦争映画の一場面をみているような気分になった。

 私にとってベストは「猟犬」。『天使』の帯に使われている“サイキック・ウォーズ”という言葉に最も近いものを感じたのがこの作品で、丁々発止のやりとりに緊迫感がある。しかし最後はジェルジュとヨヴァンが肩を並べ、友情を確認するような穏やかな場面で終わる。この緩急もステキだ。ジェルジュの出生に関わる事情もここで補強されている。あれほど母に抱かれた感触を強く記憶していた彼が、その感覚だけを頼りに、誰からも見えないほど巧みに隠された、女たち(祖母そして伯母たち)の家にたどりつきそこで再生するところが感動的。回復された愛を本当に彼が手にするのはもっと後になるのだけれど。

 最後の「雲雀」では、グレゴール・エスケルスとスタイニッツという二人の“父”の死を経て初めて、ジェルジュ自身が(かつては叶わなかった)父親になり愛する人と生きる道を選ぶ。グレゴールはなぜか私の頭の中では先日読んだ津原泰水『ペニス』に登場する石見氏とよく似た顔をしていて、もちろんイヤな奴なのに「死んだ」と簡単に片づけられてみるとなぜか残念な気持ちだった。あんな奴だからこそ簡単に死なせるしか無いのかもしれないけど。

 オットーとカールの兄弟をはじめ残留する登場人物もいるのだから、(これがハリウッド映画なら)続編の可能性の残る結末ではあるのだけど、どうでせうね・・・ジェルジュが去った後、これだけ魅力的な世界が作り出されるものか? すこし寂しいけれどお別れなんでしょうね。


 毎度の蛇足ながら、読みながら思い浮かんだ顔だけ挙げると

で、イギリス映画になってしまいそうなのが難。