指を燻べる女大祭司

皆川博子作品精華 ◆幻妖◆ 幻想小説篇』(東雅夫:選/白泉社) 読了。


 皆川博子の本を読むのは『死の泉』とこれで2冊目。名前しか知らなかった頃は「ロマンティックで妖艶で・・」という先入観を持っていたが、実際に読んでみて「凄絶」という印象が加わった。「骨董屋」がなんとなく以前に抱いていた皆川博子イメージに近い作品なのだが、これは本集の中でもどちらかというとあっさり軽い部類。私が勝手に思っていたような、ヤワな作家ではありませんでしたm(._.)m。


 とはいえ、私が気に入ったのは「丘の上の宴会」「空の色さえ」「メリーゴーラウンド」の3作で、収録作中では比較的優しい感触でノスタルジックなものばかり。とくに「丘の上の宴会」は読後、なぜか涙が出そうになってしまった。「空の色さえ」の魅力は、解説で東雅夫に「全篇を心地よく浸す晴朗の気」と的確に書かれてしまっていてそれに尽きる。


 一方、泉鏡花の影響が濃いとされる一連の“中洲もの”は、ジトジトしていてあまり好みではなかった。そして、動物好きにはなんとも不快な作品でありながら、強烈なイメージを頭に焼きつけてくれてしまう「猫の夜」*1・・・この世のすべての放恣と反逆を、どこか世界のただ一点で人知れず支え続けているある忍従の“装置”=キリストの暗喩のようでもあり、もしかしたら実は今も稼働しているかもしれないこの装置のイメージは、まさに奇妙奇天烈な「結ぶ」と並んで、一生忘れられそうにない。


 そういえば身体の毀損が扱われる作品が多く(『死の泉』も一応そうだったかも)、中でも「文月の使者」「祷る指」「お七」そして「冬の宴」と、手指に関わるものが目立つ*2。巻末に収められた書き下ろし掌編「ひき潮」の、手のひらに閉じこめられた海のように、作者は傷つけられ損なわれた身体から、どこか異世界を覗こうとしているのだろうけど、私はとにかく痛そうなのは苦手

*1:この作品の語り手はなんとなく津原泰水『ペニス』の語り手を連想させる。

*2:指を1本ずつ燃やす、という話としては金井美恵子の「森のメリュジーヌ」を思い出す。