首抜きの浴衣

 泉鏡花の「義血侠血」(角川文庫『高野聖』所収)を読んでいたら、次のような箇所に出会いました。

折から磧(かわら)の小屋より顕(あら)われたる婀娜(あだ)者あり。紺絞りの首抜きの浴衣を着て、(以下略)

 この文庫本は、高校生の夏休み読書用にちょうどいいくらい、詳しい注釈・解説・年表がついた版なので、「首抜き浴衣」にも以下のような注がついています。

衣紋から前の襟へかけて大きな模様を染めぬいてあるはでなゆかた。祭りのそろいなどによく使われた。

 ここで首抜き浴衣を着て登場した人物は、河原の見世物小屋に出演している女芸人なので、祭りの衣装みたいな「はでなゆかた」を着ているのも不思議ではありません。でも、私が聞いたことのある「首ぬきゆかた」とは、ちょっとイメージが違うような気がして、たしかあの雑誌に・・・と探してみました。


 『美しいキモノ』誌'90年夏の号 別冊付録「復刻版 きもの談義」。首ぬきゆかたという項目があり、「ゆかたの王様」と表現されています。

 これは、木綿でも、ちりめんでもありまして、首から肩のまわりだけに柄があって、あとは白無地なんです。柄は絞りでも型ものでもいいんですが、紋とか花とか、それが一つの柄(細かいのが集まっているのじゃなしに)が特徴です。白地が多いだけに、これは、まことに、品がよくって、乳下から帯下から、すっかり白なんですから、立居振舞が、殆んど白で表現されます。
 これは、もしこれからお嫁入りなさる方なら、ちりめんで、ぜひ一枚は日本の女の持ち物とでも思って作るといいんです。先方の旦那様の紋を肩いっぱいに染めてもいいし、生地は勿論地紋なしで普通のもの、染め代も案外安いものです。そそのかすようにとられては困りますが、ちりめんの首ぬきゆかたは、日本のきもののうちの最高の傑作の一つで、私らの祖先が女らしさのために残して下すった最も美しい贈り物の一つといってもいいと思います。  

 何も柄も地紋もない緋無地の長襦袢、緋ぢりめんのお腰、それに夏物のこの首ぬきゆかた−こんなのは皆決して高いものじゃないのに、高い、でかでかした着物を沢山持って行かれるお嫁入りの荷物に入っていないのが多いんですが。


 このように、塩町さんの言う「首ぬきゆかた」は、最初に引用した文庫本の注釈から想像されるものとは少し違って、女らしくてなんともいえない風情のあるものとしてイメージされているようです。
 私の感覚では、ちりめんの浴衣なんて(実用むきでない)完全におしゃれのためのおしゃれ着で贅沢な感じがするし、「旦那様の紋を肩いっぱいに染め」たり「緋無地の長襦袢」ていうのも、あまり素人の女性らしい趣味ではないような気がするのですが・・・昭和28年当時はまた違ったのでしょうか。それとも江戸風の好みなのかな? 
 どちらにしても、首ぬきゆかたは当時すでに「近頃の人はあまり着なくなった、古き良きもの」という状態だったようですね。編集部の解説によれば、昭和28年という年は、戦中戦後の空白期が過ぎて、きものが急速に復活してきた時期だそうです。

 それはそうと、この塩町末さんの語り口調、いかにも江戸っ子という感じがして面白いのですが、どんな方だったのかしらん。