人生の長さよ

甘糟幸子『楽園後刻』(集英社) 読了。


 老いることが、途轍もなくおぞましく恐ろしく思えて来る、だけどどーでもいいような気もしてくる、不思議な小説。


 登場する3人の高齢の女性たちは、私などから見れば皆けっこう恵まれた環境に生きてきた人たちだ。しかし当然ながらそれぞれに過去の痛み、現在の悩みを抱えている。
 豊かで優雅で楽しかった時代の記憶だけを誇りに、今の惨めな境遇を耐えている老齢の女性が大切に遺していた亡夫からの手紙が、小説の最後になって突然、まるでクス玉が割れるみたいに、宝箱を開け放ったみたいに、万華鏡を覗いたみたいに、展開されていく。そのあと、老婦人が最後まで暮らしていた家が毀されて駐車場になっているそこに、独りだけ残された女性が佇み、自らの老いと死に向かって歩み始める姿が描かれる。決してハッピーエンドではないのに、何となくほの明るいものが感じられる。何度失っても失っても、全てが失われるわけではないと思えるからかもしれない。

 甘糟幸子さんは、甘糟りり子さんのお母さんだそうだ。私はこの本が出るまで名前を知らなかったのだが、母は植物エッセイストとしてその名前に憶えがあるみたいだった。