「お嫁にいきざかり」という日本語に震撼

 幸田文『きもの』読了。

きもの (新潮文庫)

きもの (新潮文庫)


 登場する女の人がみな、それぞれに違う色合いながらキツい。特に、もともと高飛車だったのが、ちょっと良い(医者の)家へ嫁いでさらに高慢になる長姉の描き方はかなり悪意が込められている感じ。これに近い時代の、やはり姉妹の若い方がかたづいていくお話である『細雪』でも、女の人の裏側というか実態(残酷さや身も蓋もない即物性)はあばかれているのだろうけれど、もうちょっと微苦笑ぶくみ、戯画的な扱いという気がする。『きもの』のほうは全体になんだか容赦ない小説である。言葉つきのせいで余計にそう感じられるのかもしれないが。
 そういえばどちらも被災ストーリーが含まれている点も『細雪』と共通だが、『きもの』のほうはそれに加えて、主婦である母の病死や経済面から来る生活苦が一家を覆っているところが大きく異なる。
 最後はヒロインのるつ子が、家族の反対を押し切って「恋愛結婚」するところで終わるのだが、幸せになりそうな雰囲気では全く無いところがすごい。作者が構想していたはずの続編は、このあとどこから続いてどう終わるつもりだったのだろうか?やがて来る戦争の暗い時代までまだ少し時間があるので、しばらくはるつ子にも幸福な年月があったことを祈りたい気持ちになる。
 始めのほうで、まだ幼さの残るきかん気のヒロインがどうしても欲しがった「白茶の地に、濃紫と草色と代赭」の「童子格子」*1のきもの(私はこの反物を見てみたい!)が、終わり近くなってある人物との不思議な縁を結ぶという設定が、心情としては複雑なんだけど魅力的。また、婚約者と外出するのに、仕立て直しの古びた絹物を着ていくのが情けなくて、むしろ木綿のきものを選ぶという心境や、立派な支度をして貰った長姉の「何のかげりもない明るい着物」にひきくらべて、父と祖母が苦しいやり繰りで用意してくれる「なくても辛く、あっても辛いるつ子の着物」というところも、ジーンと来た。
 私のは嫁入り支度ではないけれど、やはり親がいくらか無理をして作ってくれた着物を思い返すと、「あっても辛い」に共鳴してしまう。親が子供に着せる晴れ着というのは大なり小なり「無理」をするもので、それを思う時すこし切ないものが混じるのは誰しも同じなのではないだろうか。それとも、買うにも着るにも無理のないカジュアルな着物を自分で気軽に選んで着ることから始める、今の若い着物ファンにはもう通じない気持ちなのかなー。